第315話
ここ一年分くらいの面倒事を煮詰めたんじゃねえかってくらいの面倒ごとの荒しに襲われながら王都の隣町までやってきた。
町に入るなりメインストリートが人であふれかえっているところに遭遇し、喧嘩でも起きてるのかなって野次馬根性剥き出しのまま人の波を割りながら突き進めば、その中心に“アイドル”がいた。
いやまあ正確に言えばアイドルと言うか、アイドルっぽい奴と言うか、なんかよくわからない存在が居たわけだ。
それがマイク片手に周囲に愛想を振りまいている。
『ハーシュ・リザーブ電撃ライブ』
そう書かれた垂れ幕のようなものがそこら中から下げられている。
確かに見た目は途轍もなく可愛い。
金髪をサイドテールにして、琥珀色の瞳はきりっとしていて凛々しさを醸し出しているが、無邪気な笑みを周囲に振りまいている。
いわゆるギャルっぽい見た目だが、それをあの笑顔がギャップにしている。
正直めっちゃぐっと来た。
『なあ、俺様あの子から魔力貰ってきていいかな?』
「お前と女の趣味が一致するのは激しく不本意だが、俺も丁度脱ぎたての靴下とかもらってこようかと思ったところだ」
完全に変質者の通報待ったなしな会話を繰り広げていると、彼女の歌が始まった。
それに合わせて迫っていたファンドもが一斉に静かになり、彼女の一挙手一投足を見守っている。
―――結論から言えば、ドはまりした。
「いやぁぁぁぁハーシュたんこっち向いてぇぇっぇえ!!!」
むっさ苦しい冒険者の男どもに紛れ、俺もハーシュたんに手を振る。
でもこれじゃ他の有象無象と一緒にされてしまうので、俺がかつて古代遺跡から持ち帰って保管していたサイリウム(のようなもの)を振り回すと、さすがに目を引いたのか、壇上のハーシュたんがこちらを見て、弾けんばかりの笑顔を浮かべ、手を振り返して来てくれた。
それを良く思わなかった
本当に馬鹿な連中だぜ。
これだから脳味噌まで筋肉って言われるんだ。
「おい貴様! 話を聞いているのか! 貴様にはハーシュ・リザーブさんのライブで武装した冒険者を煽動した容疑が掛けられているのだぞ!」
「記憶にございません」
「周囲の者も貴様が最初に光る何かをハーシュさんに向けて振り始め、その後、周囲の冒険者がその合図に合わせて武器を掲げ始めたといっているんだぞ!」
「私は父と母に聖人たれと育てられました。そのようなことは家紋に誓ってございません」
「だが最初に隣の冒険者と乱闘を始めたのもお前だと目撃者も多数いるぞ」
「―――はっ!? ちっげーし! あいつらが俺のナイスアイディアぱくってハーシュたんの視線を横取りしやがったんだよ! あのまま行けばハーシュたんは間違いなく俺のもんだった! それなのにあいつら邪魔しやがって! ぜってえ許さねえ!!!」
結果として釈放されたのは深夜になってからのことだった。
疑いは晴れたが、迷惑行為でもある為今後二度とサイリウムの使用しないと誓約書をかかされた。
それだけにとどまらず、俺のなけなしのお小遣いから20万ほど支払っての釈放になった。
うなだれる様に視線を落とし、横を見れば、俺と同じように肩を落とした男たちがこちらを向いていた。
昼間のライブで俺と乱闘になって一方的にぼこぼこに“されてやった”奴らだ。
ほんと手加減とか知らねえのかよクソ。
「「「「はあ……」」」」
そこから全員で大きなため息を吐き出し、奴らは騎士団の詰所から見て左側に、そして俺は右側にとぼとぼ歩きだした。
この世界は本当に俺のことが嫌いみたいだ。
たった一人の女の子に俺が手を振っただけで何かと問題を吹っかけてきやがる。
一体俺の何が悪いってんだチクショウが。
「あ―腹減ったしなんか飯でも食って……って宿取ってねえ俺……」
最悪の出来事はまだまだ始まったばかりの様だ。
「もういいや野宿でもなんでも。とりあえず携帯食以外のあったかいもんが食いたい……」
そう一人ごちると、鉛でも入ってんかってくらい重たい足を引きずって旨そうな匂いのする店に吸い込まれるように入っていく。
「ぃえらっしゃぇい」
扉を開けた瞬間、強面の男が独特にアレンジして創造性が強すぎる最先端な“いらっしゃい”をお見舞いしてきやがった。
「やべえとんでもねえ店に入っちまった」
「お好きな席にぃ~座ってくださいぃ~」
まるで歌舞伎でもしているのかという話し方で促されてしまってはもう「あ、さーせん間違えましたてへぺろ」とか言っても通用しない気しかしない。
これはあれだ、厄日だ。
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