第313話
『実に愉快よ。我が望みは晴れて叶えられた!』
仰向けに倒れるモンテロッサが再び豪快に笑っている。
それはもう幸せそうに。
『なあオオツカ・ユーリ。我はどうだった? 強かったか?』
笑みを絶やすことなく言葉を紡ぐ。
既に横を振り向く気力など無いとばかりに視線だけを隣に倒れる小さな人間にむけて。
『過去最高最強であっただろう? これ以上ない程に強かったであろう? 今後の貴様の覇道の中でもこれほどの強敵はいないと断言できる程であっただろう?』
――――しかし、隣に転がる男は答えない。
『あぁ、最高だった。退屈で、孤独なだけの生かと思っていたが、まさか最後にこれほどの楽しみが残っていたとは。あぁ、忘れたくはないな。この素晴らしい死闘の記憶を。輪廻転生したとしても、これだけは失いたくはない。これだけを失うことが怖い』
ぼろぼろと崩れ落ちていく体を起き上がらせようとして、支えにしてた腕までもが崩壊を始め、再び仰向けの態勢に戻ってしまう。
『感謝するぞオオツカ・ユーリ。我が生の最後に、これほどの華を飾ってくれたことを』
そこまで話して、甲冑のような顔をほころばせるモンテロッサ。
『だからもう泣くな。これでいいのだ。これでよかったのだ。我らは戦いの中で分かり合えた。最後にこれほどの体験をさせてくれたのは貴様であろう?』
『……貴様と我は似ている。神に運命を翻弄され、望む者が限りなく手に入りにくい』
『だが、それでも我は最後の最後で、掴んだぞ。我が宿願。我が天命。貴様と出会い、そして戦い、もう満たされた』
『だからな、我が生にもう悔いはないのだ』
『はっはっは。いつまでも小娘のように泣くのはよせ。貴様はこの戦の神に勝った男であろう? 少しはしゃきっとせぬか』
ただ、強者と戦いたかった。
力を比べたかった。
どこまで自分の手が届くのかを図りたかった。
それだけなんだ。
しかし、ノスト・ガウリエラの権能で、目の前に可能性があるのに挑むことさえ許されない絶望感。
渇きを癒す戦いを渇望していた怪物。
そんな怪物に癒しを与えたのは、勇者と呼ぶには些か粗野で、人格に問題があって、無力な人間。
対局にいるようで、結局同じなのだ。
神に押し付けられた絶望を前に、必死にあがき続けた二人なのだ。
だからこそ、分かり合えるのだろう。
―――敵として戦い、友として死ぬ。
古代種であれば抗う事が出来ない最悪の呪縛。それに翻弄された化け物と
無力故に抗う事でしか生存できない最悪の運命。それに拘束された最弱の勇者の戦いはここに幕を下ろした。
『誇れよ我が友。これから貴様が歩むであろう道は茨の道など生易しく見える誠の修羅の道。その道の先にあるものが何なのか共に見られぬことが心残りではあるが、それでも我はこの結末でよかったと思う………これだけの死闘だ。この後の戦いは全て消化試合のようなものよ。そんな退屈な生、我には耐えられぬしな!』
朗らかな声色でそう語ったモンテロッサがこちらを見たような気がした。
『そうだそうだ。忘れていた。魔王の魂はこれで解き放たれるだろう。あとは……好きにすることだ』
話しながらもどんどんモンテロッサの体が消えていく。
仰向けで、目元を腕で隠す男は肩を震わせている。
『最後に何かないのか? 友として、最大の敵として我に一言くらいよこしても罰はあたらぬぞ?』
「…………なんで、なんでテメエはクソ野郎じゃねえんだよ……最高にやりにくかったじゃねえか……チクショウ……」
『かっかっか! そうかそうか! 我はクソ野郎ではなかったか! ……あぁ……もう、時間だな。あぁ、なんとも清々しい。終わりの時とはこうも気持ちが晴れやかな物なのだな』
「ほんっと良くしゃべるよな……もう首から上しかねえってのに」
『そう言う貴様こそ動くこともできまい。貴様をここまで追い込んだのも我が最初で最後だろうよ』
「うっせーよ」
『……こんな
「脳筋が」
『ははっ。なにやら馬鹿にされたような気がするな……では、“託したぞ”』
モンテロッサがそう言った直後、残されていた頭もこの世から消え去った。
――――負けるでないぞ。
最後に、そんな言葉が聞こえた気がした。
そして、その場に倒れ伏したままの男は腕をどけることもなく、小さく、私にも聞こえるかというほど小さな声でつぶやいた。
「―――わかってるっての。アンタの代わりに俺が……神の野郎に一発くれてやる」
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