第312話

『これほどの闘争、過去現在未来を含め、おそらく最高の物だったであろう。些か物さみしさを感じるところではあるが、勝負とは勝者と敗者を生み出すための物。言わば、これも世の常というものよ』


 壊れかけの体を動かしながら男の元まで歩み寄ったモンテロッサが顔を伏せたままそうつぶやく。


 その表情から読み取れるのは、まさしく寂しさのようなものだったのだろう。

 戦の神。他の追従を許さぬ圧倒的な個の力を秘めた怪物。

  

 自身よりも上の序列の者たちに恐れられ、戦う事を拒まれ、下位の者では相手にならない。

 どこまでも続くような無限の孤独。その中に唯一差し込んだ光が……あの人間だった。


 本気で戦える喜び。想像を超えられる悔しさと、それさえも乗り越えたいと願う探求心。 

 それらをこれ以上ない程に掻き立てられたのだ。

 

 さぞかし楽しかったであろう。

 初めてできた“対等”な相手と、一寸先も見えない戦い。


 死力を尽くし、ようやく見出した活路をお互いが潰し合い、鎬を削る快楽。

 これらを味わってしまえば、もうあとに待つのは今まで以上の孤独だけだ。

 

 同じだからこそ分かる。

 最強の魔王として対等な相手など誰もいなかった自分と、あの神の姿がダブって見えてくる。

 

 幸か不幸か、私達2人に光を見せた男は同じであり、私達をより強い孤独の牢獄に閉じ込めるのもまた、この男なのだ。


「ついてねえなぁほんっと。まさか最後の最後で新技出してくるか? そんなの誰が予想できるんだよ。まあ予想できたけど、回避不可の範囲攻撃とかラスボスの特権乱用も程ほどにしとけよな」


『―――あんなもの、ただのまぐれだ。本来であれば貴様が取り出していたあの光りを放つ道具で視界をつぶされていただろう』


「そこまでわかってんのかよ……ったく誰だよこいつをこんなハイスペックにしたやつ……製作者呼んで来いってレベルだぜ?」


 まるで、旧知の仲の者と旧交を温める様な会話を行う二人。

 既に勝負は決しているのだ。

 あの男が立ち上がることはないだろう。


『もし、貴様に少しでも何かしらの力があれば、この戦い負けていたのはこの我であろう』


「ほんっと恨むよ神様くそやろう。こんなぼろぼろになって、命かけて戦って得るもの無しとか人生厳しすぎ」


『……惜しいな。本当に惜しい。何かを殺すのを、ましてや人間を殺すことをこれほどためらったことは未だ嘗てないだろう。あの世でも、十分に誇るがいい』


 私が見ても分かるほどに、モンテロッサはこの戦いの終幕を望んでいない。 

 可能であれば再戦を申し出たいはずなのに、モンテロッサが古代種であり、その拘りに囚われる運命にある限りそれは望めない。


「はぁ、最後に一つだけ」


『……あぁ、如何な望みであろうと、戦いが終わったら我が存在に懸けて必ず成し遂げると誓おう。それが貴様に、ユーリに対する手向けだ』


「そっか。んじゃさ……次会う時があればさ、敵じゃなくてダチとして、酒でも酌み交わしてえな…………」


『はっはっは!! この我とダチか! いいではないか! たった一人、この我に挑みここまで追い詰めた強欲な貴様の願いに相応しい!』


 豪快に笑ったモンテロッサを見て、男も笑みを浮かべた。


「そうだな。もしまた逢えたらだけどな。それまで“待ってる”さ」


『その望み聞き届けよう。最大最強の敵であり、友よ。さて、これほどの戦いの最後に尾ひれを伸ばしすぎるのはあまり趣味ではない』


「あぁ、そうだな」


『さらばだ……オオツカ・ユーリ』


 モンテロッサが拳を振り上げた瞬間だった。

 振り下ろすまでにかかる時間は恐らくコンマ1秒以下。

 だというのに、この一瞬が妙に長く、そして背筋をぞっとさせるような悪寒を感じさせた。


 背筋を撫で上げられるような感覚を受けた瞬間、私の眼は“それ”をとらえた。

 

 ―――笑っていたのだ。

 まるで勝者のような、罠を張り巡らせ陥れる弱者のような、お世辞にも綺麗とは言えない顔で。


「じゃあなモンテロッサ。会えるの“待ってるぜ”」


 そして、拳が振り下ろされた。


『―――ッ!? 馬鹿なッ!!』


 ここまで戦い、分かっていたはずだった。

 この男に“時間”を与えてはいけないと。戦いに神などと言われていうモンテロッサであろうと。


 だが、それでもその時間を与えてしまったのは、間違いなく“無意識の油断”だろう。


 打ち出されるように上空に吹き飛んだ男の体。

 それはモンテロッサの拳によってではなく、射出寸前でかすかに見えた、ゴムのような糸を切断したのだ。


『最後の魔法だぜぇ!!! もってけくそったれぇ!!!!』

 

 いつからか姿を消していたあの本が上空に現れ、打ち上げられた男が方向を変え、地面に向かって恐ろしい速さで加速していく。


「勝つのは――――」


 振り下ろした拳を引き戻し、上空から飛来するあの男を視界に収めた時には既にモンテロッサの体を頭から下半身までの剣撃を浴びせた後であった。


『―――まだだっ!!!』


 血が噴き出しながらも、引き絞った拳に最後の力を纏わせるモンテロッサ。


 地面が割れる程の勢いで着地した瞬間、全身の傷口から男の地が迸る。

 しかし、そんなこと意にも介さず、男は振り下ろした状態の剣を即座に切り上げる姿勢になる。

 

「俺だぁぁぁぁああっ!!!!!」


『ウオォォオオオッ!!!!』


 その拳と、刃の交錯が周囲に衝撃を伝播させ、彼らを中心に一陣の風が巻き起こった。










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