第311話

 馬鹿げている。

 

 最初にそう思ったのは何日目だったか。

 いや、おそらく初日の、それも開始数秒でのことだろう。 


 それほどまでに目の前の戦いに理解が及ばなかった。


 最強の魔王と呼ばれた私でさえ立ち向かうのがやっとだった怪物。

 ダメージらしきものは結局与えることさえできなかったというのに。


 それなのに、自分と比べればアリ以下の存在が、私と比べて巨人なんかよりも巨大な存在のモンテロッサに対し、終始有利に戦いを進めている。


 これがどれほどの偉業なのかは理解していた。

 しかし、目の前で起こっている現実が未だに理解できない。


 言葉として、事象としては理解しているけれど、それでも頭だけは目の前の奇跡と呼ぶのも烏滸がましい戦いを理解しきれていない。


『はっはっは! 最高の時間だなユーリよ!!!』


 愉悦の最高潮に達したモンテロッサに対し、あのどこにでもいる様なみすぼらしくも、見栄っ張りな男が舌打ちを一つ落とした。


「うっせーんだよ! ってかお前元気すぎだろ! 早くくたばってくんない!?」


 どちらも声だけ聴けばかなり余裕がある様に見える。

 しかし、その実二人とも既に限界近い状況だとは一目見ればわかる。

 

 モンテロッサは合計8ある腕のうち4本が切り落とされ、既にそれを蘇生させることもできないほどに消耗しているが、問題はあの男の方だ。


 モンテロッサが自身の胸に手を突っ込んでから数時間後、強烈な光をばらまく道具をあの男が使った時に、モンテロッサの体が一度ブルりと震え、そして足を固定している沼事吹き飛ばすような力強さと速さを持ってあの男に攻撃を仕掛けたのだ。


 間一髪モンテロッサの拳を回避した。そう思ったが、その衝撃波に全身を叩かれ、空中で吐血したあの男に、モンテロッサは鋭い尾を振り下ろしたのだ。


 その時にモンテロッサの左脚の付け根数カ所が起爆し、それと同時にあの男の近くでも爆発が起こった。

 その爆風を全身で受け、男は攻撃を回避したが、その風圧までは殺しきれず、隕石のような速さで地面にたたきつけられた。


 手足がおかしな方向に向いたと思ったら、次の瞬間にはそれらは元あった“正しい位置”に戻っており、へらへらとしながら立ち上がってきた。


『くっくっく、実に愉快よ。最後の最後で使うためにこれまで必死に隠してきたというのにな』


「それはこっちのセリフだ馬鹿。止め様の陣術まで使わされると思わなかったぜバケモン」


 お互いここで一度切り札を切り合ったようだ。

 確かに、未だにあの沼に脚を取られていると思って油断すれば一撃のもとに全身を粉砕されていたことだろう。

 しかし、それはあの男も同じことだ。

 ここぞという場面で、片方の脚だけを爆破され、態勢を崩されれば、あの男であれば容易に懐に飛び込み、取り返しのつかない攻撃を仕掛けてきていただろう。

 

 そう考えても、正真正銘の切り札をお互いが相殺し合ったのだとわかった。

 

 だが。それだけではなかった。


『では、次いくぞ』


 ほとんど時間を空けず、ブルりとふるえ、稲妻を纏うモンテロッサ。

 それを迎え撃つために腰を落とす男。


 何かが弾けるような音と共に、モンテロッサの姿が視界からかき消えたかと思えば、あのモンテロッサの体のいたるところに地面から伸びる巨大な槍が突き刺さっていた。


『へっへー! ばーか俺様のこと忘れてんじゃねえってんだよ!』

  

 あの速度で移動すれば確かに有効な技だろうと思ったが、それも魔法の構成中に回避されては意味がない。

 

『気を付けやがれよ! ここら一体にゃ俺様が岩槍を透明化させて配置しまくってんだぜ? むやみに突っ込むと今度は頭が吹っ飛ぶかもなぁ!』


 しゃべる本が自慢げに語っている最中に男が一瞬動きを止めたモンテロッサに忍び寄り、斬撃を浴びせる。

 そのダメージによって胎動するように動き出したモンテロッサを見て男ぁh再び距離を取り、上空に移動する。


 上空のいたるところに配置された結解。それ同士を糸で繋ぎ合わせ、まるで蜘蛛の巣のように張り巡らせた男はその上を滑るように移動する。


 

『よもやこの我の唯一の力さえ封じられるとはな!』


「一番厄介だからな。真っ先に対策を討たせてもらったんだよ」


 だが―――。



『飛ぶ分には対策していまい!』


 そう言って今度は雷をまといながら飛び上がったモンテロッサ。 

 まるで噴火した火山から飛び出す火山岩のような勢いで飛び上がったモンテロッサが空中の足場を破壊しながら男に向かって落ちてくる。

 それもただ落ちてくるわけではない。

 

 残された腕で体を覆い、全ての拳には空間がひしめくほどの力をまとわせている。


 ―――これで決めるつもりなのだろう。

 直感的にそう感じた。

 

 全身を覆い隠していた腕全てを即座に攻撃に転換させる。


 空中で身をよじり、稲妻をまき散らしながら全ての腕を全力で振り回す。

 戦場のど真ん中で、まるでトルネードでも起きたのかというほどの力の濁流が塔内の隅々までいきわたった。


 巻き上げられた瓦礫は拳の嵐に粉砕され、激しい砂煙と共に地面に着地したモンテロッサ。


 それとは裏腹に、さすがに今の攻撃は回避など不可能であったゆえに、ダメージを最低限に抑えることにのみに徹したのだろう。

 

 ―――左腕がちぎれ、肘から先がなくなっていた。

 よく見れば、体の形そのものが変わってしまいながらも、顔の半分以上が出血によって赤く染まっている状態で彼は立っていた。


「おいおい、反則も、ほどほどに、しやがれよ……がふっ……」


 にへらっと笑って見せたとしても、体のダメージ自体は隠しようもない。

 血反吐を吐き出した男が膝から崩れそうになる。


 ―――だが、一つおかしい。

 あのモンテロッサがこれほどの好機を逃すとも考えにくい。

 そう思いモンテロッサに視線を向ければ……


「既に、限界だったという事なのね……」


 あのモンテロッサの脚が砕け、立ち上がろうとするも、バランスを取ることさえ困難な状況に追い込まれていた。


『ぐふっ……我も相当にガタが来ているようだな……だが、最後に勝つのはこの我だ! 最後に笑うのは、この我だけだ!』


 ギリギリのところで立ち上がり、拳に再び力を纏わせるモンテロッサ。


 それに対してあの男は……


「あぁ、チクショウ全然動かねえじゃねえか。どうなってんだよこれ。ここまでせっかく来たってのによ……」


 立ち上がろうとするも、膝が折れ、崩れ落ちてしまった。

 五体投地で天を仰ぐ男に、モンテロッサが最後の力を振り絞りながら歩み寄る。


 ―――この戦いは、ここで決着する……


 

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