第310話

 覚醒を起こしたモンテロッサは特別早くなることも、強くなることも、そして硬くなることもなかったが、しかし、それでもユーリは着実に追い込まれていた。


 いままでユーリとモンテロッサの戦いが表面上の均衡を保てていたのは、力と速さ、そして硬さでモンテロッサが勝っていても、経験と技、そして思考においてユーリがモンテロッサを大きく上回っていたからに他ならない。

 

 しかし、この覚醒においてモンテロッサが得たのは力でも速さでもなく、成長。ただその一点に尽きたのだ。 

 これほどの長寿の生き物と言うのは総じて成長が遅いものだ。当然古代種といえどこの範疇にある。

 しかし、数万という単位を生きるモンテロッサが覚醒することによって、彼は成長の限界を超えて見せた。

 

 ユーリの繰り出す様々な罠、叡智の書が打ち出す数々の魔法に対し、徐々にだが“最適解”を見出みいだし始めている。


 そのことがユーリをさらに焦らせる。

 焦るといっても彼の内心では既に“化け物は化け物。どれだけ成長しようが俺からすれば地球が少し大きくなったようなもの”であり、焦りはあれど、躊躇いや恐怖は

持ち合わせていなかった。


 既に一人と一体の化け物の戦いは12時間を超え、本来であれば肉体が悲鳴を上げ始めてもおかしくない段階なのだが、モンテロッサは持ち前のバカげた体力により、ユーリは思考さえ生きていれば肉体を好きなだけ動かすことができる故に、戦いは更に加速する。


 技術を学び、魔法をどう避けるか。斬撃をどう流すか。食らった後は、倒れそうなときはなど、様々な状況を経験するごとに成長していくモテロッサ。


 だが、ユーリは今回の攻防でそれさえも逆手に取って見せた。


『その手には乗らぬわ!』


 そう言って四方から飛来する刃を飛んで避ける。

 前回は4つのうち一つが神剣であった。そのため今回もそうだろうとアタリを付けていたのだ、


 攻撃が避けられる度に恐ろしい速さで学習し成長の糧にしていくモンテロッサ。

 しかし、今回の斬撃はそのすべてがフェイクであり、空中に飛び上がったモンテロッサに向け放たれた魔法。

 それをモンテロッサは経験則と、技量の向上により腕で叩き割った。

 

 これまでのモンテロッサならば間違いなく腕力で吹き飛ばすか、大げさに回避に出ていた。だが技術の向上により爆発させず魔法を叩き割ることが可能になったモンテロッサは反撃までの最短ルートを走る。


 故に、その魔法の陰に神剣が隠れていたことにも気が付かなかった。


 飛来する複数属性のランス系統魔法。その中に一つだけ中に神剣を仕込んで見せた。

 この狙いは見事成功した。

 

 神剣を手放すという“悪手”故に、それは成長したモンテロッサに通用した。


『なんとッ!』


 攻撃を食らったモンテロッサは驚きと若干の悔しさを含んだ声を上げた。

 

 しかし、その悔しさがまるで『ゲームに負けた友達』のような悔しがり方であり、どうにも人間味がありすぎるその感情表現にユーリはため息を吐き出した。


「あんたやっぱ一番やりにくいよ」


 そうはいったが、そろそろただの人間であるユーリの精神は限界に近かった。


 モンテロッサの進化やこのどうしようもない人間臭さなど、いろいろな要因があるが、最も驚くべきはモンテロッサという存在の体力。

 既に神剣での攻撃を100は食らっているというのに未だに終わりが見えてこない。


 今までここまでの体力馬鹿は初めてだった。


 故にためらわず次のカードを切る。


「―――オートモード起動」


 ただの人間であるユーリには睡眠も休息も必要である。

 並々ならない精神力と集中力を持っていると言えど、精神を動かす活力の枯渇は深刻な問題だった。

 このままであればいつか大きなミスを生む。そう判断し、即座に自身で体を動かすことをやめた。



 ―――戦場の中で、相手のデータをある程度集めた状態でないと使えないという使用レベルの高さや使い勝手の悪さはあるが、それでも自身の体を完全に“個性”に委ねることで動きを最適化、エネルギー配分の最適化、精神の休息など様々な効果をもたらすオートモード。


 モンテロッサの攻撃を回避し、叡智の書の攪乱を隠れ蓑に一撃を叩きこむ。

 手を変え品を変え、今まで蓄積された膨大なユーリの行動データから最適解を導き出し続ける。


 食事も水分補給もしっかりと行い、常に高いパフォーマンスを発揮するための行動は怠らない機能付きだ。


 これによってユーリはモンテロッサとこの後10日間の間戦い続けることを可能としたのだ。


 10日。時間にして240時間。

 戦闘開始から計算すれば253時間もの間戦い続けた両者。

 しかし、その中でモンテロッサが均衡を壊した。



 一回攻撃を当てるだけで数時間を要するようになってきたオートモードでのモンテロッサ攻略も頭打ちに近い状況で、さらにモンテロッサの表情は何かの悪だくみをしているように見えたユーリ。


 即座にオートモードを解除し、何かを起こす前に一度意識でもふっ飛ばしてやると意気込んで古代種様に誂えた爆弾を空から落とそうとするが……


『えぇいッ! 静かにせんか!!!!』


 モンテロッサの行動によりその手は止められてしまった。

 彼は自身の心臓がある場所に手を無造作に突っ込み、その中を少しまさぐると勢いよく手を引き抜いたのだ。


「なんなんですかねほんと……」


 そこから摘出されたのは、妙にやつれた顔をしている薬屋だった。

 

 ここまで大規模に戦っておいてユーリはこの時この事件の黒幕がいたことをようやく思い出した。

 それと同時に、その黒幕は戦の神の手によって握りつぶされていた。


『我が生最高の時間に貴様のような不純物は必要ない』


 それだけで意図も容易く薬屋を殺したモンテロッサ。


 その表情は今までに見たことがない程の怒りに満ち溢れていた。


『この時間は我の物だ。この闘争は我の物だ。この戦場は“我らだけ”の物だ。貴様のような虫けらが穢してよいものではないと知れ』


 握りつぶしてもさらに力を籠め続けるモンテロッサ。

 

 その光景を見たユーリにはわかっていた。

 今まで薬屋の内部からの攻撃を抑え込みつつ、モンテロッサは戦っていたのだ。

 しかし、その余裕が本格的になくなった。あるいは、この戦いにラストスパートでもかけるつもりなのだろう。


 故に、ユーリを見た時の表情は非常に柔らかく、そして凶暴な物だった。


『このモンテロッサにこれほどまでのダメージを与え、これほどまでの間戦い続けた勇者よ、貴様に敬意を表し、これよりこのモンテロッサは全能力、全存在をかけて貴様を討とう』

  

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