第309話
「おっと」
しかしその拳は予め分かっていたかのようなタイミングで回避され、今度は背後から叡智の書による攻撃が始まる。
『残念だがこいつぁ召喚魔法だぜ!』
上空に現れた巨大な魔法陣。起動まで数瞬というところでユーリが大慌てで地面をくりぬいて逃げるのをしり目に、モンテロッサはいかなる攻撃でも迎撃できる自負を持ち、静かに腰を落とした。
『カオススネイプのあほくさい酸だぜぇ! お代わり自由だから好きなだけ飲みやがれ! 今日は俺様の奢りだ!』
大洪水といってもいいその酸の津波がモンテロッサを襲う。
しかし、腰を落とし、全ての武器を地面に突き刺したモンテロッサは拳に光をともした。
たった一つだけ握られている杖の効果だろうことは理解できたが、だからといって何をするんだと叡智の書が考えた瞬間―――
『ダラララララッ!!!』
何とも奇怪な掛け声とともに視認不可能なレベルの連突きを酸の洪水に浴びせ、そしてついには……
『あ、あの野郎拳圧で酸を……』
「よくやったトイレットペーパー!」
しかし、それでは終わらないのがこの男だった。
地面に突き立てられた武具全てを今の一瞬で“切り取った”のだ。
厄介な武器の攻撃を今の攻防でほぼすべて封じたといってもいい。
これは今後の戦いに対しても大きなプラスになることは明白だった。
だが、それを見たモンテロッサはそれでも笑みを浮かべた。
今の攻撃は完全に想定外。武器を持ったままの連続攻撃ではダメージは免れなかったと言える。
だからこそ武器を手放し、酸の雨を連続で吹き飛ばすことの強要。そしてそこからの武器の奪取。
すべてが完ぺきにかみ合い、少しのタイミングのずれで一瞬にして全てが瓦解してしまうような綱渡り。
それを成した二人に驚嘆の声さえ上げてしまったほどだ。
『これはしてやられたわ!』
何とも楽しそうにそう言ったモンテロッサ。
しかしその現状は芳しくない。圧倒的な劣勢といっても差し支えない。
足場の沼は今のところこれ以上沈むことはないだろうが、既に足のほとんどは沈み込んでしまっている。
その場から動くこともできず、武器を奪われ、全身をズタズタに切り裂かれて、それでも喜びを感じずにはいられなかったのだ。
序列2位と3位はまともに戦う事を早々に諦め、それ以降何かと理由を付けて逃げられていた。
序列4位は両の脚を引きちぎってやったが、空に逃げられた。
唯一まともに打ち合いができた序列1位は権能により致命傷になる攻撃をすることさえできない酷く退屈な戦いだった。
だが、ようやく出会えたのだ。
自身の全てを賭しても勝てるのか全く見えない
これほどの実力差を覆し、これほどの存在の差を歯牙にもかけないその様はまさしくモンテロッサの待ち望んだ“強者”に他ならなかった。
初めての命がけの闘争。こちらもチップを支払い、相手との命のやり取りを行うという至上の愉悦に包まれていた。
力でチップを略奪する勝負以外できなかったモンテロッサが、ここにきて恐怖を乗り越え、この戦い自体を楽しみ始めていたのだ。
先ほどまでの恐怖も、興奮も全て併せのんで、そしてたどり着いたのが先の見えない“スリル”だった。
『これぞ、極上にして最上の愉悦。最も得難いと思っていた最高の戦場。生れ落ちて幾星霜。ここまでの高鳴りはなかった。ここまでのすべてに感謝を。そして、この感情を齎した人類に最大の敬意を払い、貴様らを討つ』
そこまで一息に話したモンテロッサは再び息を大きく吸い込み、そして大気を震わすような声を上げた。
『我が名はモンテロッサ。神王ノスト・ガウリエラより生まれ落ち、神を討って得た名は戦神! 戦いの神にして、神殺しの異端なり! 我が生涯において最大の障壁であり、最強の
ただ名乗っただけ。それだけで空間がひしめき、あふれ出す覇気に眩暈がしてくる。それ程までの闘気と覇気をまき散らす怪物に、ユーリも姿を現し、名を名乗った。
「俺はユーリ。ユーリ・オオツカだ。まあ千器なんて呼ばれてる……所詮“勇者のなり損ない”ってところだな」
『ユーリか。うむ。しかとこの魂に刻み込んだ。今後如何に時を経ようとこの名を我が忘れることはない。ユーリ、お前はそれほどの強敵だ。我が生最大のライバルにほかならぬ。故に―――存分に死合おうぞ!!!』
歓喜を隠そうともせず咆哮を上げるモンテロッサ。
ビキビキと身に纏う甲殻が嫌な音を奏でながら剥がれ落ちていく。
ここにきて、超常の生物である古代種の怪物が生命の危機に瀕し、ある変化を起こす。
時たま英雄や勇者という存在は生命の危機や、感情の高ぶりに合わせその力を大きく成長させることがある。
これを覚醒と呼ぶが、しかし、今まで魔物や古代種がこれを起こしたことなど観測されたことがなかった。
しかし、ユーリの目の前に立つ怪物は、その化け物は全ての埒外にあり、自身より序列の高いものが『自分と戦う事を拒む故に』序列が5位だったもの。
そんな怪物が、生みの親に冴え致命傷と感じさせる攻撃を繰り出す最強の怪物が、たかが人間ができることができないはずがなかったのだ。
『―――ユーリ、貴様の言葉を借りるのなら、ここから第3ラウンドだ』
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