第308話
かつて千器になる前の大塚悠里を助けた女、キャメロン・ブリッジはその男の最も恐ろしいところをこう言った。
「絶対に負けないところ」
―――と。
それは敵にだけではない。
痛みに、恐怖に、自分に。
どれだけ痛くても、どれだけ怖くても、どれだけ無謀だとわかっていても、それでもその男は100%ではない物に関して諦めない。
99.9の後にいくつの9が連なろうと、その観測さえも困難な“1”を拾い上げるのだ。
故に、既に骨盤が砕けるという大怪我、それこそ普通の人間であれば痛みにのたうち回り、歩くことも困難な状況になろうと軽口を叩き、下半身の骨を根こそぎ砕かれようと立ち上がる。
自身の体内をくりぬくだけでも正気の沙汰ではないが、さらにそこに自身の個性で操作可能な糸を張り巡らせることで、切断されない限り立ち上がり、戦い続けることが可能という異常な戦闘継続能力を身に着けた。
正確には、それをしなくては生き残れなかった。守れなかった。勝つことができなかったのだ。
骨に、筋肉に、筋に、全身を構成する様々な部位をくりぬく痛みなど如何な英雄であろうと経験したことがない。
ましてやそれを加護も寵愛もない人間がやるなど、気がふれているとしか思えない所業だった。
体内の糸を操り立ち上がったユーリは肺に刺さりそうになるろっ骨を糸で元の位置に戻し、無理やり固定する。
動くことで不便が起こるような怪我は一応の処置を行いながら、神剣を肩に乗せ、ニヒルな笑みを浮かべる。
「きやがれ叡智の書」
ユーリの左隣の足元に魔法陣が浮かび上がり、そこから一冊の黒い魔本が現れる。
それは登場と同時に狂ったような声で歓声を上げた。
『ぎゃはははははっははッ! ようやく呼び出しやがったかこの糞童貞! いいぜいいぜ! 後はこの俺様に任せとけ! どこのどいつだろうとこの俺様にかかりゃワンパン、一撃で粉さ……い……』
「あ、マジ? じゃあお願いするわ」
そう言ったユーリは悪い顔をしていた。
対して、本である叡智の書に顔はないが、今対峙する相手を見てその顔が真っ青になったように感じたユーリ。
「ワンパンで倒して来いよ。お前言ったからな? 絶対やれよ?」
『ぎゃあああああああああ! むりぃぃいいいいいッ! 俺っちかえるぅぅぅぅう! 死にたくない! まあもう死んでるんだけど、それでも第二の人生くらい楽しく生きたいのぉぉぉおおお!!』
何ともお調子者の魔本であるが、しかしその実力は現代の魔法使い、魔導士、魔術師の中でも頭一つ抜きんでているといってもいい。
そんな戦力であるにも関わらずユーリが出し渋るのはただ純粋にうるさいからだった。
「うるせえな! テメエはさっさと馬車馬のように働け! じゃねえとケツふいて捨てんぞ!」
『ちくしょう……なんで俺様の主人がテメエみてえな童貞野郎なんだよクソが。本当ならばいんばいんの黒ギャルか、泣きホクロのえっろいお姉さんのはずなのによぉ!』
そうは言いながらも魔法により思考をリンクさせた叡智の書。これによってユーリの思考が手に取る様に分かるようになった。
『いやぁ悪いね待たせちゃったみたいで』
『いやなに。それにしてもキサマは……』
『おっとっとっと。そこから先は放送禁止だぜ? 良い子の見る時間帯じゃ放送できない危険な話題だぜ』
何かを言いかけたモンテロッサの顔面に叡智の書が生み出した雷の魔法が直撃し、発言を止めさせる。
『行くぜ相棒! さっさとお仕事終わらせて綺麗なねーちゃんがいる店に行こうぜ!』
「それには激しく賛成だぜ。だけどお前おったてる方の相棒もないのに行って楽しいのかよ」
『てめえ言いやがったな! 気にしてんだからそこは優しく流せよ! お前に良心はねえのか!? あぁ!?』
馬鹿な話をしてはいるが、それでも二人のタッグは間違いなく対個人に対しては最強である。
要するにやることはやっているというだけのこと。
地面スレスレを滑らせるように剣を振るってきたモンテロッサの攻撃に、ユーリは角度を付けた結解を展開。そこに滑り込むようにスライディングをすれば、叡智の書は剣の下で爆発を起こし、わずかに剣の刃を上方に反らせた。
それらが完ぺきなタイミングでかみ合うことで剣はユーリでも発動できるレベルの結解を叩き割ることもなく、その上を滑って行った。
『次左っ!』
「うっせえな! わかってんだよそんくらい!」
振り下ろされた斧に対してはユーリがモンテロッサの肘関節のある場所に陣術で土の支柱を構築し、それを叡智の書が強度補強を行うことでようやくモンテロッサの肘をてこの原理で反対方向にへし折ることに成功する。
激しい痛みに顔をゆがめるモンテロッサだが攻撃の手は止まらない。
鎌と薙刀のリーチが長いもの二つを一気に振るってきたのだが、それに対してユーリは足元の地面を繰り抜きそこに姿を隠す。
即座に剣をその場所に突き立てる様にしたモンテロッサだが、手ごたえがない事に眉間に皺を寄せた。
「こっちだぜ」
足元から声が聞こえ、その直後鋭い痛みが走った。
だが、驚くようなことはなく、モンテロッサは落ち着いた様子でそこに拳を振り下ろす。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます