第307話
それはある種の信頼でもあった。
モンテロッサであれば、視覚と聴覚を奪われ、移動さえできない状況であろうと残された触覚を頼りにこちらの位置を特定することができると。
だからこそ本命を隠し、自分自身を囮にすることで神剣による継続ダメージを可能にしていた。
しかし、その代償として、生身で陣術の爆撃陣の余波を受け止める必要があった。
通常の回避方法なら間に合わず、防御などもってのほかだった。
モンテロッサという埒外の怪物を分析し、理解しているからこそできた懸け。そしてユーリはこの賭けに勝った。
一連の攻防でモンテロッサに与えたダメージは神剣の攻撃凡そ40発分。
通常の古代種であれば既に絶命し、王クラスなら戦闘継続に支障をきたすレベルの大ダメージ。
だが、それでもモンテロッサは未だに健在だった。神クラスの力はこれほどまでの物かとユーリは内心でモンテロッサの危険度を上方修正しつつ、そろそろ視覚と聴覚を取り戻すであろうモンテロッサに次なる一手を打つ。
「支柱結解、六応結解、16芒星封魔結解」
三種類の結解を張り巡らせ、モンテロッサの動きを“数秒”封じる。
これらは本来準備に相当な時間を要するものだが、度重なる時間稼ぎの結果これらを構築しながらモンテロッサにダメージを蓄積させることが可能になった。
猶予数秒の中でまずユーリは背中に突き刺したままの神剣の回収に乗り出した。
このままでは気が付かれて投げ捨てられでもしたらそれこそその場でゲームセットといってもおかしくない。
ギミックを総動員させ、狙いを悟らせず、確実にターゲットの回収に動いた。
四方からの魔法攻撃。上空からの爆撃、足元からの陣術による物理攻撃など持っているカードを使い切る勢いでばらまくことからも、如何にこの戦いにおいて神剣が重要な役割を秘めているかを如実に物語っていた。
そして、こ一連のこのやり取りも全て“賭け”であった。
この相手なら必ずこう動くだろうと。必ずこちらの予想を上回ってくるだろうと。だからこそ生命線を相手にゆだねるなんて馬鹿なことを平気ですることができた。
『ハァぁぁぁああっ!!』
今回の勝者はユーリではなく、戦いの神にして、地上最強の怪物モンテロッサ。
背後に回り、何度か誘導を行いながらも神剣に手をかけることに成功したユーリの全身を今までに体験したことがないレベルの悪寒が襲ったのだ。
それはもやは走馬灯や、悲壮な未来を想像したなどというちゃちな物ではなかった。
明確な死のビジョンが、負けの未来が目の前に具現化したのだ。
腕が2本だったモンテロッサはその腕を4本に、そして6本にした。
手に持っていたのは剣、盾、槍、戦槌、鎌、薙刀だった。だが、この戦いの極致にて、その真価をようやく発揮したのだ。
―――新たに出現した腕には斧と杖が握られていた。
杖から発せられた障壁に遮られ、その直後轟音を轟かせながら空中で止まってしまったユーリに斧が迫る。
「結解ッ! 爆ッ!」
結解に角度をつけ、そこを爆破することで衝撃を結解でうけ止める。
全身を結解によって強打されながらも爆風を使って間一髪攻撃を回避したように見えたが……
「―――がはっ!」
斧の巻き起こした風圧にそのまま吹き飛ばされ、塔の壁に叩きつけられたユーリ。
激しく吐血しながらもその体を壁から放し、その場を急いで脱する。
ユーリの体が倒れる様にして壁から離れた直後、その場に高速でモンテロッサの甲殻が突き刺さった。
『外したか……だがこれで雌雄は決したのではないか?』
自身の甲殻を剥ぎ、それを投げつけるという頭のおかしい攻撃方法だが、それを行うのがモンテロッサであればその攻撃は大国の魔法士部隊の行使する強力無比な魔法に比肩する破壊力を持つ。
ただ腕力が異常なまでに強く、ただ英雄以上の速さで動くことができ、ただ、圧倒的な戦闘センスを持っている。
ただそれだけ。他の古代種のような特別な力など殆ど無い。しかしだからこそ強かった。
何かに頼ることもなく、空を飛ぶこと以外のすべてに対し柔軟に対応することができるからこそ彼は強かった。
しかし、その在り方はどこか、今しがた倒れ伏した男に似ている。
『―――そう言うことか。転んでもただでは起きないとはこのことよ』
何かを悟ったモンテロッサは倒れ伏し、起き上がらないユーリを見つめそんな事を言った。
何故ここまで余裕があるのかと言われれば、簡単なこと。先ほどより背中に突き刺さっていた神剣が起こす暴走が起こっていないからだ。
つまりそれは……
『回収されてしまったようだな』
にやりと何故か笑みを浮かべたモンテロッサ。
そして、手もとに目視困難な塗装を施された糸によって手繰り寄せられた神剣をつかみ、起き上がるユーリ。
お互いの表情を見ればわかる。
彼らはこれだけの異常な戦いの中にありながら笑みを浮かべていたのだ。
「さて、第二ラウンドだ」
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