第306話
沼にハマっていない側の脚によって地面を強く叩くことで態勢の立て直しを考えるモンテロッサ。
既に時間的な猶予はそこまで無い。これ以上この状態でいればあの“有り得ないほどのダメージ”を与える攻撃が来る。
そう判断したモンテロッサは即座に地面に足を叩きつけるために脚を持ち上げた。
だが、おかしい。あの男がここまで攻撃してこなかったという事が先ほどの数倍の何かを自分に与えてくる。
「沼」
そして、案の定モンテロッサが振り下ろした脚が地面に突き刺さる直前、ユーリによって足元の沼が拡張された。
それはモンテロッサが脚を振り下ろす直前の出来事で、既にその勢いは止めることなど不可能な物であった。
『―――ッ!』
機動力を削いだことで、ユーリの攻撃が再び激化することは火を見るよりも明らかだった。
今回は何が来る……
押し寄せるただならぬ感情に肩に力が入る。
この人間は、この人間だけは何をしてくるか全く予想できない。
拳を振るえば簡単に殺せた今までの人間どもとは違い、目の前の人間だけはそうはいかない。
他の英雄や勇者が大切にする“正々堂々”や“英雄然とした戦い方”などこの男は股く持ち合わせていない。だからこそ策を練り、陥れ、安全かつ効率的にこちらに攻撃してくる。
大塚悠里という男について頭の中で考えをまとめたモンテロッサはカッと目を見開き、その男を視界に収めた。
「随分と無邪気に水遊びしてんじゃん? 何それ楽しいの?」
クソほどのんきにそんな事を言いながら鼻をほじる男。しかし、その視線は、その眼だけは全くふざけていない。
『我が動きを止めたからといって、それがどうしたというのだ』
牽制がてらモンテロッサが持つ槍を全力で投擲したのと、ユーリが紫色の結晶魚握りつぶしたのが同じタイミング。
そしてその瞬間―――
『―――なんだとッ!?』
「残念。“今の”俺には飛び道具は効かねえんだ」
モンテロッサの投擲した音速などやすやすと超えているような槍は一瞬にして消滅していた。
そして次の瞬間にはその槍がモンテロッサに向かって返されていた。
自身が投げた槍の威力はモンテロッサ自身が最も理解している。この槍を含め、全ての武具には”神殺し”の権能があり、神に対して大きな力を発揮するものである。
さすがのモンテロッサもそんな物で攻撃されてしまえばかなりのダメージを余儀なくされる。
下半身を固定されている状況ながら、強引に上体をそらし、盾を軌道上に斜めに配置することで槍をかろうじて反らすことに成功したが、全身から一気にあふれ出した脂汗のようなものを止めることができない。
これは完全にモンテロッサの失策だった。あと少し間違えていれば即負けていてもおかしくないレベルの大失態だといってもいい。
表情を変え、本気で焦り、そして本気で後悔した。
相手は力こそないが、それでも自身と“対等”に戦うことができる稀有な存在だと再認識させられた。
だからこそ、その焦りが、その驚愕が、その後悔が、完ぺきだったはずのユーリの計算を狂わせていく。
「一発除けただけで随分ご機嫌じゃねえか」
音もなく投げ込まれたそれに視線を奪われる。
何かある。そう感じていたモンテロッサは今度は何が来るのかと身構え、飛来する物質に全意識を向けた。
『ぬうぅううッ!?』
再び襲った網膜を焼き尽くさん程の光量と、そして今回は鼓膜を容易く破壊してしまうレベルの破裂までおまけされていた。
先ほどのただ視界を奪うものとは異なり、今回は視覚、聴覚まで奪いに来たのだった。
「動けもしない。見えもしない。聞こえもしない。さて、これからテメエを料理してやっから覚悟しろよ糞野郎」
ずぶりと、モンテロッサの体内に何かが入り込んでくる。
これはまずい。そう瞬時に理解するも、やはり全ての行動が後手に回ってしまう。
2度、3度、4度、と続いて行き、全身の内側からいたるところが破裂する感覚。
既にどこを攻撃されているのか分からないレベルの大ダメージといってもいい。
だが。
『そこだッ!』
拳を振り抜いたモンテロッサは確かな手ごたえを感じていた。
声こそ聞こえないが、それでも今殴ったところには間違いなくあの男はいたのだ。
ぎりぎりの所で爆発のようなもので自身事吹き飛ばし回避されてしまった。
だが、それでいい。今ので迂闊に手を出すことができなくなったはずだから。
そう思ったのに、肉体の破裂が止まらない。それどころか、目まぐるしい速さでそれらは悪化している。
奴の剣が肉を突きさす感触、残された数少ない感触を使い場所の特定が可能になったというのに、攻撃されていない今も症状が悪化することにモンテロッサは恐ろしさを感じ取っていた。
『貴様ッ!! 我に届きうるあの刃を手放しおったな!!!』
背中の中心につけられた巨大な傷。そこに埋め込むようにして神剣を突きさしていたのだ。
だからこそほぼ永久的にモンテロッサの加護が爆発的に増加し、肉体を崩壊させていたのだ。
「はっ! よく切れる剣程度なら何本も持ってっからよ!」
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