第305話
ため息とともにその巨大な銃器をその場に落としたユーリ。
しかし、次の瞬間には……
「無意味な訳ねえだろばーかばーか!」
ゲスな笑みを浮かべながらモンテロッサに中指を立てた。
『そこか!』
ユーリが取り乱したかのように声を発し、すぐさまそこに槍を突きさすモンテロッサ。
普通の相手であればその行動は正しい。しかし、この男相手に“正しさ”だけで勝つことはできない。
「2000あったって言ったよなぁ! 生憎とそのアーティファクトは手に入れてからもう何年もたってるんでな! とっくに構造を分析、複製してんだよ!」
槍を突き刺したままの状態のモンテロッサの背後からユーリの声が聞こえ、槍を突き刺した場所に視線を向ければ、残されていたのはただのラジカセだった。
ユーリの良く使う手口の一つである。
ユーリ自身の気配が希薄な上に、加護も寵愛も全く持たないからこそできるカラクリ。世界から強いられる逆境を逆手に取った彼にしかできない絡め手である。
「残念ながらここには魔道粒子砲が3000はあるぜ。新記録更新じゃんやったね」
ふざけた声の主を攻撃するよりも早く、それは空から落ちてきた。
正確には降り注いだのだが、そのあまりの数に、ここでの判別は不可能な程の弾幕、一つの壁が上空より落ちてきたとさえ錯覚してしまう。
『ふんぬッ!?』
しかしモンテロッサも手に持った盾と剣を上手く使いその弾幕の雨を退ける。
それどころか、槍を投擲し、仕掛けそのものの根幹部分の破壊に乗り出してきたのだ。
『―――くくく、はっはっは!!! 我が言に嘘は無し! さすがに今のは堪えたぞ人間!!!』
全ての攻撃を耐え凌ぎ、この魔道粒子砲の雨を降らせた仕掛けを破壊することで危機を脱したモンテロッサは高らかに勝ち誇った。
今のはさすがのモンテロッサも肝を冷やした。
一撃では対してダメージにもならないとしても、これだけの数が無限に砲撃を振らせて来るのであれば、さすがの自分でも耐え凌げるか怪しかったのだ。
―――しかし、これほどの罠だ。恐らくこれがあの人間の奥の手であろう。それをつぶされた今、あの男が焦っている姿が目に浮かばと言うものよ!
などと思っているモンテロッサの背後に、直径2メートルほどのタルガ落ちてきた。
そしてそれは再び雨のように降り注ぎ、モンテロッサの腰あたりまで埋まるのにそう時間はかからなかった。
『なんだこの樽は――――』
煩わしく思い剣で切り裂けば、タルが空中で爆ぜた。しかも最初に自身を爆破させた威力など比べ物にならないレベルの破壊力にモンテロッサでさえわずかに眉間に皺を寄せるその威力。
それを見てハッとした。
今足元を埋め尽くすこの樽すべてにあの威力を生み出す爆薬が詰まっているのだとすれば、非常にまずい。
高い地点で起爆することに成功したからこそ引火していないだけで、今の一撃であろうと引火の恐れはあったのだ。
そればかりか、先程の魔道粒子砲の雨とは違い、仕掛けが分からない。
何もない空中から突然現れて落ちてくるのだ。
「舐めすぎ」
その声と共に響いた一発の銃声。
それによって破壊された樽が巻き起こした爆発は直径100メートルを超える塔の中全てを燃やし尽くした。
その間ユーリは戦場の外に飛び出し、ドアを閉めた。
まるで塩釜のように、塔は中の熱を逃がさず、余すことなくそれ等をモンテロッサに向けてくれる。
威力だけでいえば、王の手前にいる様な古代種であろうとただでは済まない破壊力であった。
コートの効果によって様々な環境でも問題なく通常行動ができるユーリは、おおよそ人間が存在することができないような温度の戦場に戻る。
その中心では全身が黒焦げになり、片膝を突いたまま固まるモンテロッサの姿があった。
それを見ながら煙草に火をつけるユーリ。
あれほどの爆発、あれほどの攻撃は普通に巻き起こせば大事故であるが、ここが戦場という事もあり、かなりの大盤振る舞いをした自覚はあった。
『―――油断したな小僧!』
だが、神の名を冠する古代種には、あの爆撃であろうとダメージは与えられたが、意識を飛ばすことも、ましてや戦闘不能に追い込むことなど到底できなかった。
振り下ろされる刃。押しつぶさんと迫る盾、切り裂かんとする鎌、貫かんとする槍。砕かんとする戦槌。吹き飛ばさんとする薙刀。
様々な攻撃がユーリに一斉に襲い掛かった。
「はいご苦労様っと」
幻魔石の力を使い端からそばに等近寄っていなかったユーリ。
モンテロッサの手によって粉砕されたそれはただの人形であったのだ。
それを手ごたえによって即座に認識してしまったモンテロッサの背中にまたしても鮮烈な痛みが走る。
1回、2回、3回と続いた攻撃に反撃を行おうとすれば既にそこにユーリはいなくなっていた。
視線を激しく動かせば、左腕から射出されたパイルと、それにつながる糸を巻き取る力で空中を移動するユーリの姿が見えた。
痛みに身をよじることもなくモンテロッサはユーリに追いすがる。
今このままあの男を見失うことは危険だと理解したからだ。
その焦りにも似たような、何が起こるかわからない未知へのほんの少しの恐怖がモンテロッサの足を常時よりたった数センチ先に延ばさせた。
「陣術、沼」
全体重が前足に乗ってしまう程の速度で追いすがったせいもあり、伸ばした槍がユーリを貫くよりも早く、モンテロッサの体が地面に埋まり、つんのめったようにして転倒した。
本来であればギリギリ後脚に体重を戻し、前脚を引き抜く事もできた。だが先程の数センチが目に見えない小数点以下の割合程度重心を前に押し出し、その“ごく僅か”と言う言葉で片付けられてしまう誤差のような物がこの状況を作り出していた。
「その図体に、その細い足。接地面の圧力は相当な物だろうな。しかもそれが前足に全部乗ってるんだ。気を付けろ? どんどん沈むぞ」
足を取られ無様に転んだことなど生まれてこの方なかったモンテロッサはそのことに激しい怒りを覚えた。
だが同じように、人間相手にここまで醜態をさらしたこともなく、受けたダメージはとっくに過去の最強の魔王との戦いを凌駕するほどの物になっていた。その事がモンテロッサの理性を繋ぎ止めたのだ。
ずぶずぶと沈み、自身の下半身が沼に飲み込まれかけた時になってようやく冷静な思考を取り戻したモンテロッサは、このままではまずい事を今まで以上に理解し、現状の打破に乗り出す。
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