第304話

『これは……なかなかどうしていい場所ではないか』


 その場所は巨大な塔の中ような場所。その中央は空洞であり、そこに佇むのはモンテロッサただ一人。

 既に階段から塔の中に身を潜めたユーリはモンテロッサの決定的な隙を伺いいくつもの準備を行う。

 

 戦場を用意するための準備、そして戦場に移動してからの準備。常に時間に追われながら行われるユーリの戦闘は彼だからこそここまでの準備と時間を必要とするが、その反面彼だからこそできるものでもあると言えた。


 直径で100メートルを優に超える広さを誇る巨大な塔の中で、モンテロッサがついに行動を始める。

 周囲に展開された階段を手当たり次第に叩き壊し、建物の倒壊に合わせてユーリがどのような行動に出るのかを見極めるようだった。


 しかし、モンテロッサの想像は外れた。

 後頭部を目掛けて飛来する物体にカウンターを合わせてみれば、不気味な手ごたえと共に手に何かが張り付くような不快感を感じたのだ。


「―――爆」


 どこからともなく聞こえた声に反応し、手に張り付いたゲル状の何かが勢いよく爆ぜた。


 当然それによるダメージなど無いに等しいのだが、問題はそこではなかった。

 モンテロッサは自身が感じた不快感の正体を即座に理解し、未だに燃え続ける左手を地面に振り下ろした。


『―――面妖な技だ。纏わりつく炎とな』


 地面をうがった拳を引き抜けば、さすがにそれ以上燃えることもなく拳の炎は収まっていたのだが、どうにもモンテロッサは嫌な予感を隠し切れない。


 即座に地面に突き立てていた剣を引き抜き、眼前に盾を持って周囲を警戒する。


「二回目」


 その声と共に盾の内側に見慣れない物質がへばりついていることに気が付き、得も言われぬ悪寒がモンテロッサの背筋を撫でた。


 盾の内側にへばりついていたのは閃光弾。先ほど見たゲル状の何かに酷似したものの中にあったそれは眩い光の濁流を生み出し、モンテロッサの網膜を焼いた。


『ぐぬっ!? がはッ!? 何が……』


 驚きに声を上げた直後モンテロッサの足のうち一本が破裂し、胴体部分でも二カ所程、まるで内側から吹き飛ばされたように血肉をまき散らした。


「―――ちッ、一回切り損ねた」


 目を抑え頭を垂れたモンテロッサを見てユーリは即座に身を引く。

 可能であればもう一撃お見舞いしたかったところだが、下手に欲を出すことなく再び塔の中に身を潜める。

 その直後、モンテロッサの体がわずかに痙攣を起こし、バチッと、まるで静電気でも起きたかのような音と共に、塔の土台部分がぐしゃぐしゃにひしゃげて吹き飛んだ。


『―――手ごたえは無し……か。やはり引き際を弁えておるか』


 攻撃を外したのに少しも悔しさを見せないモンテロッサ。

 それどころかその表情は今までよりもさらに凶悪な、そして無邪気な笑みに彩られていた。



『さぁどこからでも掛かって来いッ! 全て砕き伏せて見せよう!』


 モンテロッサは余裕の表情を見せるが、内心ではそうではなかった。

 先ほどの攻撃はたった数回のダメージではあったが、その一撃だけでも今まで人間から受けたダメージのどれと比べても強力だと感じていたからだ。

 この攻撃を多く食らってはいけない。そう念頭に置きながらも久しぶりにこれほどのダメージを与えてきた存在との戦いを楽しむ気も満々であった。


 一方ユーリの方はと言えば、先程ダメージを与えた個所を注意深く観察していた。

 仕込みは上々といったところで、おおむね必要な物は全て配置したといってもいい。

 後はどうやって自身が生き残るかを考えなくてはならないのだが、ユーリ自身が生き残るための最低条件がモンテロッサを戦闘不能にすること。

 時点でモンテロッサの神滅だ。これほどの怪物を神滅など後どれくらい真剣での攻撃を与えればいいか未だに目算が立たないが、撤退を余儀なくさせることだけなら何とかなるかと思考し、そしてその考えを捨てる。


(俺は何のためにここに来た? 何のためにあいつに立ち向かっている? 撤退? 何考えてんだ俺は。そんなもんじゃねえだろ。俺のやらなきゃいけねえことはそうじゃねえだろ!)


 巨大な銃器のようなものを取り出したユーリはモンテロッサに照準を合わせると、即座にそれの引き金を引く。

  

 砲身といっても差し支えの無いものから放たれたのは純粋な破壊の力を秘めた魔力。

 かつて序列19位、アント種の起源とされる古代種と戦った時に手に入れたアーティファクト。

 魔力を古代種に通用する形に変換し放つことができる優れものであり、かつての人類はこれを使ってそのアントの古代種を封印にまで追い込んだのだ。


 狙いは性格で、放たれた魔力の塊はモンテロッサの後頭部に直撃したが、それとほぼ同じタイミングで射線から位置を逆探知したモンテロッサの剣が先ほどまでユーリがいた場所を切り裂いていた。


「その巨体で、その速さで、そのセンスとかふざけんなよ」

 

 これほどまで上質の戦場でなくては恐らくユーリであろうと即座に殺されていたであろう程の怪物。

 偶然というよりは必然であの場所には膨大な魔力が滞留していた。

 死んだ英雄たちの魔力、使われた大規模魔法の残滓など形は様々だが、それらをフル活用してできた戦場は今までユーリが作った戦場の中で2番目となる出来だった。

 世界中の魔力の循環器である龍脈の中に巣食う古代種と戦った際に作った龍脈そのものを転換した戦場に匹敵するそれは如何に先ほどまでの戦いが激しかったのかを如実に物語っていた。


『その武器は知っているぞ。我と戦った空を駆ける人間どもが持っていた武器だ。威力はやや高いようだが、今更そのような物尾取り出したとてこの我には通用せん!』


 まじかよ、とユーリは小さく舌打ちをして先ほど魔力の塊をぶつけた場所を視界に写す。


 そこには傷一つなかった。それどころか、モンテロッサはさらに驚きの事実を口にする。


『先の時代では、その砲台は優に2000はあった! 今更一つを引っ張り出そうとも無意味としれ!』

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