第303話

「な、なんなんだよお前……」


 その奇天烈な行動に、さすがのユーリも面食らってしまった。

 その場で動きを一瞬なれど止めてしまったことに今更になって冷や汗が噴き出してきたほどだ。


 しかし、さらに予想外のことを目の前の古代種は始めたのだ。


『いやなに、我はこう見えても戦の神と呼ばれている。戦いの神であるのならば、戦いの中で不義理を働くわけにはいかないであろう。それに、こう見えても我は人間が好きだ。人間という種を心の底から愛しているといってもいい。踏みつければ踏みつけただけ強かに芽を伸ばす人間。これほど生物らしい生物がこの世に存在するだろうかと思うほどだ。だからこそ、我はこの堕落が憎らしい。我が父が死に、我も眠りについた。そして再び目を覚ました時、人間は素晴らしい進化を遂げていた。一人の女を中心として、圧倒的な火力、圧倒的な機動力を誇る人間どもが宙を舞い、時折その女が肉薄しては拳を打ち付け合ったものよ。彼奴等のように人は成長するものだと思い我は再び眠りについたのだがな……目を覚ませばこれだ。だからこそ、もう一度我が人間を踏みつけてやらねばならぬ。絶対の強者として人間を更なる高みに連れて行かねばならぬと思った。それゆえこの度は少々キツく灸をすえてやらねばなるまいよ。これだけの堕落、これだけの怠慢は如何に我とて許しがたい。これではあの勇敢な女や戦士たちの死に報いることが出来ぬ』


 モンテロッサはユーリに向かい昔を懐かしむような口調で話を始めた。

 

『この地に残された生命で、この我と思う存分戦いができるものは存在しない。存在しないのであれば作るしかあるまいよ。いずれこの我さえも殺すかもしれぬ最強の存在を』


 戦うために人間を育てる。そのためにもう一度神代のような蹂躙を再開するというのがモンテロッサの計画。 

 そしていつか強く育った人間と全力で気が済むままに戦ってみたいというのが偽りざる本心だった。


 そんなこと……通常の感性を持っている者ならそう口走ってもおかしくないような話だが、数々の古代種との戦いを経たユーリには古代種の持つ一種の“こだわり”が彼らにとってどれだけ大事な物なのかを理解していた。


 アンデッドの古代種であったものは最愛の女を世界最後の人間にすることに妄執し、獅子の古代種は己が強さを証明するために戦い、トレントの古代種は自由に世界を歩き回ることを人生の命題に置いていた。

 それ以外の様々な古代種もそう言った何かしらの拘りのために生き、そして戦ってきた。

 だからどうしたという話ではあるが、それこそが彼らの行動理念であり、産み落とされた際に与えられた至上命題なのだ。


 それを知っているからこそ、ユーリはそれを聞いた時も“厄介な目的だ”と思うことはあれど、それを蔑む様なことはなかった。


「あんたの目的に付き合う気はないけどな」


 そう言ったユーリはすぐさま行動を開始した。

 今の話し合いで時間を稼いでいる間にユーリは最後の術の構築を終わらせている。

 幸いなことに“目印”の設置もこれ以上ない形で行うことができた。

 幻魔石と自身の唯一の特徴である影の薄さを応用したほぼ“完璧”な不意打ちによりそれを成したユーリは完成した術を顕現させた。


「俺とお前の戦いに相応しい場所を用意してやったぜ? きやがれ“戦場”」



 ユーリの展開した術は簡潔に言えばただの“結解”である。

 しかし、その結解は異常の一言に尽きた。

 

 空間に漂う全ての魔素と呼ばれる魔力の元になるものを空間に閉じこめ、それをリソースとして結解の維持を行いながら、中で発生する魔素を外に逃がさない特性を持つ。

 

 これが本来の戦場、キャメロン・ブリッジと共に開発した戦場の本当の効果だったが、ユーリの異常性が現れたのは次の段階だった。

 

 それはまさしく小規模な世界創造に等しく、自身が最も戦いやすい身を隠す場所が多く、情景も自動的に修復される異常な空間、そしてそれを構築するだけの異常なまでの演算能力。

 それらは基本的に彼の個性である情報処理のもたらす恩恵だった。


 この空間であれば紫結晶の力も殆どが外に漏れることはない。

 大塚悠里にとってこれほどの空間は存在していない。


 ゆえに、この戦場を構築するには相当に過酷な条件が存在する。

 長い時間をかけ準備を行うことが必要不可欠なため、戦闘中の発動は絶望的であり、他の英雄たちのように勇敢さや勇猛さを持たないユーリだからこそ全てを飲み込み準備に徹することができる。

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