第302話


 タケツルの命を懸けた行動により、全ての力を一撃に込めながらモンテロッサの懐まで迫った二人。

  

 背後でタケツルがつぶされたことなど既に理解しているが、それでも立ち止まることは許されなかった。


 この国は亡ぶ。それはもう変えようのない事実だろう。しかし、それでもこの最強の集う国において、人間が弱くなったなどと言われたままでは死ぬに死にきれないとバーボンは自身の命さえも燃やし、その一撃を強化した。


 数万の命が失われた戦い。数々の英雄が名誉も誇りも尊厳もすべてを踏みにじられるように殺された戦い。

 ようやくそれに終止符が打たれた。


「これで……」


「終わりだぁぁぁぁッァア!!!!!」


 その一撃は間違いなくバーボンが一生の中で繰り出した技の中でも最強最速。

 隣を走る凜もそれは同じ。

 

 数々の仲間が消えた。世界の平和のためにと戦ってきた戦友たちだった。それが虫けらのように、手を払っただけで死に絶え、その遺体すら跡形もなく吹き飛ばされた。


 悔しくないはずがない。悲しくないはずがない。怒りに狂わないはずがなかったのだ。

 しかし、それらを全て表に出すことはなく、ただこの一撃を持って彼らへの手向けとするために、目の前の化け物に人間の底力を見せつけるためにすべてを投げうって渾身の一撃を作り上げていた。


 そんな一撃が、文字通り自分自身の、自分以外の全ても懸けた一撃がモンテロッサに向かっていき、そして―――


『―――すまんが、何か言っていたか?』


 ―――圧倒的な力の前に踏みつぶされた。


 刃を振り切るよりも早く、新たに現れた2本の腕、その片方が握る鎌によってバーボンの上半身と下半身は分断され、サソリの尾のような形状をした尻尾によって凜は頭蓋骨から股の下まで貫かれて即死した。


 そしてその瞬間を、最悪のタイミングで到着した大塚悠里が目撃していた。


『うむ。やはり眠ったのは間違いだったな。この時代はどうにもなまぬるくて仕方がない』


 唯一体から生える一対の腕を組みながらそう唸るモンテロッサ。


 下半身がなくなりながらも必死に敵に手を伸ばすバーボンを一瞥したモンテロッサは止めを刺すわけでもなく、最も残酷なことをバーボンに強いた。


 もはやそれはモンテロッサにとっては止めを刺す必要もない雑兵に過ぎないとばかりに、かち合った視線をバーボンから外したのだ。


「これでは……あまりにも……報われないではないか……何のために……我らは一体……戦ったというの……だ……」


 その言葉を最後にバーボンの瞳から光が消え去った。



 それと時を同じくして、目の前にいる何の力も感じない人間を見たモンテロッサは甲殻に隠された顔を大いにゆがませていた。


 ―――一言で言えば、運命を感じたのだ。

 目の前の男に、今しがた見殺しにした雑兵の数千分の一も力を持たない男に対し、強烈なまでに惹かれたのだ。


 戦の神とまで言われたモンテロッサには見えていた。

 その男が纏う怒気も、殺気も、そして同じ親を持った弟たちの呪いも全て。


『はっはっはっ! 実に愉快痛快! まさかまさか世界の救世主の器がこのような男であったとは! なんの力もなく、英雄でも勇者でもないただの男が一体どうやって我が弟や妹たちを屠ってきたのか……このモンテロッサが手ずから見極めてやろうではないか!』


 その瞬間に、モンテロッサの胸が爆破し、数瞬遅れて数千年は味わったことの無い痛みがモンテロッサの体を駆け抜けた。



「おい化け物……テメエ……」


『ぐぬぅ……ククク、アッハッハッハ! いやまさかこの我が、この時代で痛みを感じるとはな!! 小僧、今のは何をしたのだ? この我に一体どうやって気づかれず近づき、爆破し、切り裂き、そして離れたのだ?』


「戦闘狂も大概にしやがれよ。そこのおっさんはお前と戦ってたんだろうが。それなのに、止めも刺さねえで何こっち気にしてやがんだクソが」


 怒り。純粋でありながら、どこまでも深い怒りを孕んだ言葉がモンテロッサの鼓膜に響く。

 別に恐れることではない。だがしかし、千と数百年の時を経て弱体化した人類の、その中でも無能と呼んで差し支えない男がそれを成したことに些かな怒りと、驚き、そしてユーリの怒りにも負けないほどの強い好奇心がモンテロッサの中を駆け巡っていた。


『確かにそうであった。戦士と呼ぶにはあまりに足りない男ではあったが、この我に最後まで食らいついてきた数少ない人間であった。彼奴の戦士としての誇りに傷をつけたこと、深く詫びよう』 

 

 そう言ってかの神は腰を深く折り曲げ、頭を下げた。

  

 その光景を持たユーリが抱いた感情を一言で言い表すのであれば、“予想外”だ。

 それは当然のことで、今までユーリが対峙してきた古代種は皆傍若無人であり、決して自らの過ちを認めるなどなく、それどころか頭を下げるなど考えることもできなかった。


 

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