第301話

『人はここまで衰えたのか。むなしいものだ。せっかく楽しめる存在との闘争を経て、その健闘に敬意を表し永い眠りについては見た物の、人は進化するどころか衰えていってしまっていたのか。あぁ、あの時代は実によかった。神共との血沸き肉躍る闘争の日々』


 まるで悲しむような声で独り言をこぼしたモンテロッサ。


『人の子よ。やはり我の考えは間違っていた。時がたてばあの娘のような存在が再び現れると思っておったが、どうやら逆だったようだ。人間には脅威が必要だ。絶望が必要だ。それらを乗り越えた時、初めて我の望みも叶うというものよ。故に、しばし我は人類の脅威となろう。人類の敵となろう。立ちはだかる壁となろう。覆せぬ絶望の権化となろう』


 その独り言のような物を聞いたタケツルは顔を醜悪にゆがめながら声を荒げた。


「ふざけるなッ! キサマのせいで、ノブは、皆は死んだのだ! キサマの望みなどのせいで……仲間が、家族が……死んだのだぞ!!」


『覆らぬ絶望を覆し、あらゆる理不尽を払いのけ、世界を救うものこそが救世主となりうる。いつかの時代に生まれたという、我が父を葬った救世主のような者が現れるまで何度でも世界を絶望の淵に叩き落そう。我は、そして世界は、英雄でも勇者でもなく、“救世主”を求めている! 救世を成すというのであれば我を踏み越えて見せよ人間!』


 その言葉にタケツルをはじめとした、ノブの個性で先ほどの一撃を免れた者たちが一斉に沸き立つ。


 怒声が響き、数を減らしたというのに士気は上がり、その圧倒的な迫力は優に一国家を凌駕するまで高められた。

 タケツルをはじめとした全ての者が一斉に“覚醒”を起こしたのだ。


 これほどの絶望、これほどの逆境で覚醒しない者など英雄にあらずと言わんばかりの一斉覚醒。

 あふれ出す力を、湧き上がる激情を持って再びモンテロッサという地上最強に立ち向かっていく英雄たち。


 四本になった腕に翻弄されながらも、最上位の英雄たちを筆頭に何とか攻防を繰り広げるが、再びモンテロッサの体が淡い光と共に閃光と化し、周囲に2度目の血肉の濃霧が広がった。

  

 あまりにあっけない終幕。 

 あまりに唐突な終焉を迎えた数多くの強者たち。

 

 勝利を諦めながらも、それでも止まることができないところまで既に来てしまっている。

 この絶望は果たしてどこまで続いているのか。 

 終わりはいったいいつ来るのだろうか。


 かろうじて生き残った凜、バーボン、そしてタケツルの三名は先の見えない暗闇の中に自分たちが立たされていることを再認識した。

 

 ただ腕が増えただけではない。その操る武器は一撃で数百の人間の命を奪い去る。

 それが2本も増え、ただでさえ一撃必殺と言える破壊力を秘めていた攻撃が単純計算で倍増したのだ。

 

 既に生き残りは彼ら3名しかいなくなっていた。


「騎士として、騎士団の団長として必ず仲間の死に報いて見せる。それまで、何が起ころうとこの心は決して折れないと知れッ!」


 涙を流しながら、悲痛の表情を浮かべながら、歯をこれでもかというほどにかみしめながら、彼はモンテロッサに向かっていく。

 

 ふと凜が隣を見れば、これだけの絶望でありながら小さく笑みを浮かべるタケツルに目が留まった。


「これぞモノノフ。それでこそ英雄の名にふさわしい豪傑よ! その道は茨の道。しかし活路は前にしか存在しない。であれば、このタケツル、身命を賭して押し進むまで!」


 これだけの状況で、2000人もいた英雄が今ではたったの3名まで減らされたというのに、タケツルは笑っていた。

 そして、機械的に敵を処理してきた凜も、何故か心の奥底からあふれ出す感情を、何年振りか表に出した。


「本当に馬鹿ばかり。だけど……嫌いじゃない」


 彼女のここを既に死地と定めた身。であれば、目の前の勇敢な男と共に最後まであろうと、最後まで抗い続けることで人間の強さを見せようと駆け出した。


「タケツル殿……」


「ご一緒致すバーボン殿!」


「私だって一緒に戦う。この三人ならやってやれないことはない」


 振り下ろされる巨大な剣をタケツルが弾き飛ばし、かすかにできた隙間に凜とバーボンが身をねじ込む。


「―――迎撃は任されよ! 貴殿らはあの怪物に一発入れることにのみ集中いたせ!」

 

 剣を弾き飛ばした姿勢から、おそらく個性による爆発的な加速を持って次に打ち出された槍を潜り抜け、戦槌とかち合う。


 大剣の時とは異なり、純粋な破壊力特化の攻撃にタケツルの身に纏う霊装が吹き飛ぶが、腰の裏に差した脇差を抜き放ち、それを太刀と共に戦槌に押し当てることでかろうじてその膨大な破壊力を押しとどめて見せた。


「いけぇぇぇ!!!」


 そしてようやく戦槌を勝ち上げることに成功したタケツル。彼の作った道を、全ての力を集約し、温存した状態の2人が一斉に駆け抜ける。


 その背後では勝ち誇ったような顔で倒れ伏したタケツルに残された盾での一撃が降り注いでいた。


(拙者のお役もこれまでか……しかし、この化け物に一矢報いたと考えれば、悔いはないッ! これが人間の底力だと、あの怪物に思い知らせてくれ!)


 その思考を最後に、勝ち誇った表情のまま巨大な盾に押しつぶされ、タケツルは絶命した。

 

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