第298話
後ろ手に閉めた扉にもたれかかり、そのまま腰を落としてしまう。
全身が恐怖にすくみ、小刻みに震え出す。
これほどまでの恐怖は未だかつて経験したことがない。
震える手を視界に収めれば、それと同時に淡き上がってくる強烈な吐き気。
微かに残された理性が、パサパサになった唇と喉に水分を与えようと水筒の中の水を注ぎ込むが、今まで以上に勢いを増した吐き気に、抗う事も、堪えることもできずこみあげてきたものをその場でぶちまけた。
「げほっ……げほっ……あぁ、チクショウ……なんであんなこと言っちまったのかね……柄にもなくカッコ付けるんじゃなかったぜおい……」
冷や汗が止まらない。
普通の精神だったら恐らく発狂してしまってもおかしくないレベルの精神的なストレスが襲い掛かり、今までのただの恐怖とは異なる震えが全身を襲う。
「……はは、はぁ、チクショウ。何なんだよ……なんでいつも俺なんだよ……なんで俺ばっかりこんな目に会わなきゃいけねえんだよ……ほんとこの世界は俺のことを何が何でも殺してえみたいだしさ、俺だってこんなところ来たくて来たわけじゃねえってのにさ……あぁ、クソッ!!!!」
震える足にバシバシと気合を入れてやり、おびえる心には喝を入れる。
「あぁ! そうだよ! 俺はいつもいつも神に、世界に、魔物に、そのほか色んな連中に命狙われてんだよ! あぁ、だからこれも“いつも通り”のことなんだよ! 今更なんだ! これまでだって生き残ってきたじゃねえか! これまでだって……」
その先の“勝ってきた”という言葉がどうしても出ない。
星の記憶にたどり着いた俺は知っているから。
神の名を簒奪した連中は他の古代種とは桁違いの強さを持っている。
その中でもモンテロッサはヤバい。この戦の神は他の神の中でも最も危険といってもいい。
陸上にいる連中で、こいつに勝てる生物は存在していなかったと言われるほどの怪物だ。
それは他の神を含めても同じだったと書かれていた。
つまり、敵は地上最強の生物。
これ以上の脅威がある訳がない。
これ以上の恐怖がある訳がない。
これ以上の絶望がある訳がない。
今まで乗り越えてきた数々の絶望。そのどれも肩を並べることができない圧倒的な絶望。
神の野郎がようやく本気になって俺を殺しに来やがったか。なんて頭の悪い考えを思い浮かべながら膝に手を突き立ち上がる。
現実逃避の時間はおしまいだ。
こっから先はいつもの日常。
昼下がりに鼻くそほじりながらチョコチをこき使って、ミハイルをからかって遊ぶ何時もの日常と何にも変わらねえ。
今日もいつも通り地べたを這いつくばってでも生き残る。
ただそれだけの日常。
「―――行くか」
震えはもうない。
心は平穏だ。頭は冷静だ。
じゃあ後何が必要だ。俺が、俺のような弱者があの絶対的な強者に打ち勝つためには何が必要なんだ。
武器だ。俺程度が振るおうが問答無用に敵を切り裂く最強の剣。
それは既に右手にある。
じゃあ何を恐れる必要がある。
じゃあ何をためらう必要がある。
じゃあ何に願う必要がある。
じゃあ何に……祈る必要がある。
大丈夫だ。
絶対に大丈夫だ。
――――千の武器を操る男に不可能はない。
見渡せば、集まってきたのであろう騎士たちの軍勢200と、そして統制協会のエースが10名、キングが5名、ジョーカーが3名参戦していた。
これだけの大規模な戦力に加え、この国の膨大な数の勇者共がいる。
時間はまだまだ稼いでくれそうだな。
その隙に俺は必要な準備を済ませるために姿を消した。
何なんだこの怪物は……
一刀で、その一刀の巻き起こした災害クラスの破壊のせいで100近い人命が失われてしまった。
「バ、バーボン様……このままでは……」
「仕方あるまいよ。私も出る。後のことは任せた」
そう言って私は剣を取り、眼前にただ悠然と佇む怪物……赤黒い甲殻に若干の光沢。爬虫類か猛禽類のような目。背丈は凡そ20メートル弱。巨大な剣と盾を握る人間のような上半身。そして下半身はサソリのような、8本の脚。大きく伸びる巨大な毒針のついている尾。
神を殺し、得た名は“戦神モンテロッサ”。神代について記述のある数少ない書物の中では、こう記されている―――序列5位 戦神モンテロッサに向かって歩みを進めた。
果たしてこれでどこまで戦えるか。いや、この命は確実に助からないだろう。しかし、それでも戦わねばならない。
このシュテルクストを守るために。住まう全ての民を守り抜くために。
「ここが死地と思え! 死力を賭してこの怪物を打ちたし、我々は世界に覇を唱える!!! すべては争いから解放された健やかな民の生活の為に!!!」
一群をも薙ぎ払ってしまうような強大な一撃を繰り出す刃と仲間の間に滑り込み、その巨大な刃に自身の剣をぶつける。
それだけで力の無い一般兵たちは衝突で生まれた衝撃によってはるか後方に吹き飛ばされてしまう。
しかし、止められる。防ぐことができる。守ることがまだできる。
「引くなッ! 奴とて生きていることに変わりはない! 殺せば死なない道理はないのだ! 攻撃をやめるな!」
第一ラウンドは4万対1柱の戦いだった。
英雄クラスは敵の能力を判断するため後方に控え観察に徹していた。
その甲斐あって、4万の命を犠牲に第二ラウンドでは相手の手の内をある程度知った状態から始められる。
「我々は神を討ち、伝説になるのだ!!!」
そして2000の英雄と勇者の混成軍対1柱の戦いが始まった。
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