第297話
「薬屋……どうしてお前がここに……」
俺の目の前で、こんな惨劇が繰り広げられているにも関わらず狂ったように笑みを浮かべる薬屋。
「え、なんでって、そりゃ世界が崩壊するのをこの目で見るためですよ」
―――これだけの戦いなら薬が売れますしね。なんてことを言いながら視線を背後で戦う騎士団連中に向けた。
「お前が……やったのか?」
「? おかしなことを聞きますね。それ以外に誰がこんな面白そうなことを思いつくというんですか? 騎士団に情報をリークし、封印具を没収させれば封印の地に魔王の因子を安全に運ぶことができます。そして薬漬けにした騎士に封印の解除を行わせれば、あとは成る様になりますしね。それに……」
……どういう事だ……なんでお前が……そんなことを……
「戦神モンテロッサの力を手に入れられる最高の機会、逃すわけないじゃないですか」
あの怪物の力を……手に入れる?
こいつは何を言ってやがるんだ。
「古代種に個性は効かない。確かにそうなんですが、しかし個性で起こされた現象は古代種であろうと有効。それは自然現象であろうと同じなんですよ。」
そう言った直後、薬屋は再び狂気のこもった笑みを浮かべた。
「さて、どうしますか千器さん。数々の伝説の登場人物であり、立役者でもあるあなたがどうするのか、私は凄く気になります」
―――くるってやがるぜコイツ。
「生憎と俺は命が惜しいんでね。無人島にでも逃げて余生を過ごすことにするさ」
こんな埒外の怪物の相手なんかできるはずがない。
「……あぁ、そうでしたね。千器とは、戦う理由がなくては絶対にその腰を上げないんでしたもんね。こう見えて僕、あなたのファンなんですよ!」
そう言った薬屋はまるで瞬間移動さながらの動きで俺の背後に回り、小さな声で、俺にだけ聞こえる様につぶやいた。
『魔王の魂を核にした封印は健在です。だからこそ、あの魔王はモンテロッサを倒さない限り未来永劫あの神に取り込まれたままになります』
それを聞いた瞬間、俺は剣を抜き放ち、薬屋の首を跳ね飛ばしていた。
『残念でした。僕の実態はモンテロッサの中にあります。かの神を支配するには僕も薬を作り続けなくてはなりませんからね』
―――古代の神であろうと手中に収めることができる薬をね。
それではさようなら。人類の希望。最後の救世主。
そう言い残し薬屋は姿を消した。
恐らく今俺たちの前にいたのは幻影か何かだったのだろう。
だけど、まさかあいつが犯人だったとは思わなかった。
もしかして最初からモンテロッサの封印を解くことが目的だったのか?
「……くそっ!」
飛来した瓦礫が穴をあけた民家の中に入り、その中でうなだれてしまう。
どうしたらいい。俺は一体どうすれば……
椅子に腰かけ、そのまま頭を抱え込んでしまう。
ほんとうはもう逃げだしたい。逃げ出して、そして……
「……ペースト」
先ほど切り取った玉座を家の中に貼り付ければ、そこからたちまち魔王の残留思念が現れる。
「あら? まだモンテロッサからあまり離れていないようだけど、なにかあったのかしら?」
「……あんたさ、自分がモンテロッサに囚われてること知ってたんだろ?」
俺の声に魔王は少し考える様なしぐさをした後しばらくして顔を上げた。
「……まあそうね。だから私に普通なんて訪れることは無いわ」
……何なんだよこいつも、それに薬屋も。
「普通に生きたいんじゃねえのかよ……」
「いいのよ私は。生前はだいぶ好き勝手やってたわけだしね。もうやり残したことはないわ。今でも満足なのに、これ以上なんて有り得ないわ」
悲しそうに、そしてどこか全てを諦めてしまったかのようにそう言って、短い付き合いながらも分かるほど、とてもこの魔王には似合わない顔で笑みを浮かべた。
「さぁ、分かったのならあなたも行きなさい。もうここだって安全じゃないんだから」
「―――もしだ」
「……ん?」
「もし仮に、あの神が死んだらお前は……」
「……どういう事かしら」
「あのモンテロッサが死んだらお前は普通に暮らせるのか? もうそんな似合いもしねえ顔しなくても済むのか?」
「―――あはははは! 何を言い出すかと思ったら、あの神が死ぬ? あり得ないわ。この私と、かつてのルーシアの精鋭、そしてそのほかの英雄たちで挑んでも倒せなかった怪物なのよ? その怪物をこの時代の誰が殺せるというのかしら?」
「……あぁ、そうだな。今の世界にかつての強さはない。人類の最盛期はもう失われた。だけどな、そんな絶望の中にも、居るんだよ。未だかつて誰も成しえなかった王の単独討伐を成し遂げ、数々の神を屠った勇者のなり損ないがな」
「……もしそんな存在が居たとして、今この場にその勇者がいるなんて奇跡があるのかしら? いいえ、有り得ないわ。この場でモンテロッサの封印が解けたことだけでも奇跡だというのに、それにさらに奇跡が重なるとでも?」
「あぁ、一つ訂正だ。勇者じゃなくて“勇者のなり損ない”だぞ。丁度近くにいるみたいだから俺呼んでくるよ。アンタは安心してそこらへんで昼寝でもしときな。そうすりゃきっと、どこかのおせっかい野郎がなんもかんも解決してくれてるだろうさ」
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