第296話
「―――なッ!?」
『ねえあなた。最後に名前を教えてくれないかしら? 私の最後に言葉を交わしたあなたの名前を―――』
それどころではない。何故あれが、何故あの怪物が甦っているのか。
この気配は間違いない。古代に生き、数々の文明を滅亡に追いやった最悪の連中。その中でも、今までに対峙してきた奴らとは比べ物にならない力を内包する化け物の中の化け物。
過去の経験が告げる。この都市はもう終わりだと。助かることはないと。
『ねえ、聞いてるんだけど、もしかして私の声が聞こえなくなってしまったとでもいうのかしら?』
「なぁ……」
『あら。ちゃんと聞こえているのなら返事くらいして欲しかったのだけれど?』
それどころじゃない。そんな悠長に話している時間なんかない。
「なんで、なんでモンテロッサが復活してやがんだよ! 確かにあの儀式はつぶれたはずだろ!」
ふざけんな。せっかく上手く行ってたのに。せっかく丸く収まると思ったのに、どうしてこうも、どうしてここまで俺は――――
『あの時儀式は確かに完成していなかったわ。だけど、彼ら以上の“悪意”によって儀式は成された。すべては計画通り。全部彼の掌の上だったという事よ』
「ふっざけんじゃねえ……なんで、なんでこう毎回……」
『最後の時は来たわ。もう全てが水の泡。だけど、これでよかったのかもしれないわね。ようやく私もこの責務から解放される。世界は再び古代種に支配され、無に還る。願わくば、生まれ変わるのなら平和な時代がいいわね』
そんな事を言い出した魔王。あの最強の魔王が、ルーシアの連中が、当時の英雄が束になって封印しかできなかった古代種。
そんなのが今一度解き放たれ、そして世界を蹂躙する。
今の世界にあの化け物に対抗できる勢力なんかない。うちの馬鹿どもと、各国のッ還る最高戦力全てを投入して、統制協会の連中も巻き込んでようやく……ってレベルだが、いきなり世界全部が手を組むことなんか考えられない。
各国は単独での討伐を試みるだろう。そして惨敗。後半ようやく協力しないと脅威とも院指揮されない実力差を悟って協力体制に入るだろうが、その時には既に討伐に必要な戦力は残されていないだろう。
「なあアンタ、俺と一緒に無人島で暮らさないか?」
何故だか、目の前の女を誘ってしまった。
「アンタその玉座を依り代にしてるんだろ? だったらその玉座事俺が移動させるからさ……だから……」
『いいかもしれないわね。あなた面白いし、何もかも忘れてあなたと二人、世界が滅んでいくのを傍観するのもまた一つの生き方なのかもしれないわ』
かつて討伐した古代種、その最高位は王の名を与えられた巨人の古代種。その序列でさえ14位。巨王アルドラルド。古代兵器の総動員と、英雄に比類する力を持つ少数部族のバックアップがあってようやく倒せたその怪物より遥かに上の、序列一桁。
それと比べても圧倒的な力を感じる。
あんなもの人間がどうにかできる相手じゃない。古神でさえ歯が立たなかった序列一桁に、人間なんて小さな存在が届くはずがないのだ。
故に、この世界は滅ぶ。
もう古神も、堕神もいない。全て古代種によって駆逐された。ともすれば、驚異のいない古代種がこの世界を統べるのはそう遠くないだろう。
思考し、シミュレーションを重ね、自身がこの戦場から安心して逃げ出せる算段をたて終わった瞬間に目の前の玉座を切り取り、走りだす。
ここにいてはだめだ。かつて古代種を討伐したことがあろうと、様々な奇跡や偶然が重なった結果だ。
どこまで行っても俺じゃこんな怪物手におえない。
きっと、今度こそ、どこかの勇者がどうにかしてくれるはずなんだ。
パイルを民家に打ち込み、屋根に上がる。
下は避難を始めた奴らでごった返しになり、まともに身動きも取れないからだ。
パイルを使っての移動中、すこし先ほどのバーボンのことが気になって背後を見れば―――
『まだだ! 総員、ここが正念場だぞ! もう少しすれば統制協会から援軍が来る! それまで必ず耐えるのだ!』
先ほどまでの穏やかな声色とは打って変わって、鋭い怒声だった。
統制協会が来たとしても、おそらく勝てないだろう。
それなのに、あいつらはモンテロッサに向かっていく。
少しでも攻撃を自分たちに集中させようと必死に……
―――くそっ!
自分の非力さに腹が立つ。
自分の卑屈さに嫌気がさす。
俺だって本当は勇者になりたかったんだ。
英雄にあこがれていたんだ。
誰かに感謝されたかったんだ。
それなのに、どうして、どうして俺は……
自己嫌悪の深い闇に飲み込まれかけたその時、眼前より最近聞いたはずの気の抜けるような声が聞こえた。
「あ、どーもユーリさんじゃないですか! 逃げちゃうんですか? せっかくこれからいいところだったのに」
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