第294話


 天性の影の薄さを利用し、俺は何の問題もなくこの会場を抜け出すことに成功した。

 外にいた禿には特別な任務を仰せつかり、今からそれを遂行しに行くと言ってやった。


 ほんと、俺ただ童貞卒業しに来ただけなんだけど?


 溜まった鬱憤を晴らす様に足元に落ちていた石ころを蹴飛ばせば、それが立てかけられていた建築資材にぶつかり、それがドミノ倒しのようにして倒れ、その最後の一つが偶然通りかかった馬車の行く手を阻み、コントロールを失った馬車が暴走し、そのまま近くにあった建物の壁をぶち抜き、たまたまぶち抜いたのがその建物の支柱だったようで、ゆっくりとした動作でその建物が傾いて行き、そして崩れた。


「わお……ってそれどころじゃねえ! なんでこんな天文学的な可能性の出来事が起こるのよ!」


 

 そう思った瞬間だった。


「―――え?」


 俺の足元まで奔った亀裂がそのまま割け、俺はそのまま足元にできたクレバスさながらの地割れに飲み込まれてしまった。



「いててて……ったく、どうなってやがんだここ……突貫工事にもほどがあんだ……ろ……?」


 俺が落下したのは、先程まで俺自身がいた地下室の、ステージのど真ん中。 

 丁度スポットライトが照らすそこに俺は落ちてきたようだった。


「……」


「「「……」」」


「う、うぇーい」


 あまりに残酷な無言の時間に耐え切れず俺はとりあえずイキリ大学生みたいな声を出してみた。


「侵入者だぁぁぁああ!」

「殺せ!!!」

「どうやって嗅ぎつけやがった!」

「すぐに連中が来るはずだ! さっさと儀式を済ませるぞ!」


 様々な怒声が飛び交う中、明らかに一部の連中が俺に殺気を放ってきたことが分かった瞬間に身を屈め、頭のあった場所を通り過ぎた蛮刀を回避した。


「あぶねえなお前! 俺のキューティクルあふれる美髪が世界から失われるぞ! いいのか!? あぁ!?」


 背後にいた奴が再び刃を振り上げた瞬間、足元の瓦礫の一部に力をいれる。

 それをするだけで足元の絶妙なバランスで保っていただけの瓦礫が崩れ、その男は足元をすくわれる。


「ほいさ」


 体制を崩した男に渾身の回し蹴りを食らわせ、背後に迫っていた武装集団(笑)にぶつける。


「いいか、人間は言語を有する稀有な存在なんだ。つまり、話し合いで何とかなりませんか?」


「ぶっころせぇぇぇ!!!」


「ですよね!!!」


 こうして毎度おなじみの逃走劇が繰り広げられたわけだ。

 ほんとついてない。挙句の果てに俺含め、その場にいた連中は後からやってきた騎士たちに捕縛され、今では地下深くの牢屋に閉じ込められることになってしまった。


 何これ、え、なんで俺までつかまってんの?

 むしろ俺今回の悪だくみを未然に防いだ立役者じゃね?

 その俺に何なのこの仕打ち。


「起きたようだな。早速尋問に入る。出てこい」


 鎖につながれた手枷を引かれ、俺は引きずられるように牢から出された。


「あ、すみませんもう少しゆっくり歩いてもらっていいっすか?」


「ふんっ!」


「ぐえっ」


 なんて軽快な漫才を繰り広げながら俺は一つの部屋に通された。

 地面に打ち込まれたポイントに俺の手につながる鎖を通すことで俺は地面に跪くような姿勢になっている。

 

「カーペットの部屋ってもう満員ですか? あ、フラットシート? ちょっと硬いんで部屋変えってできますか?」


「何を訳のわからないことを言っている!」


 こん棒でぶんなぐられた。


「お前顔覚えたからな! 無罪放免になった後夜道に気を付けやがれ!」


「いや君それ無罪放免にならないから。明らかに犯罪だから……はぁ、それに君もだ。彼はまだ有罪確定していない。その彼に対しての暴行は褒められたものではない。以後気を付けてくれるな?」


 穏やかな声色で俺を引っ張っていた騎士に声を掛けた一際身なりの良い騎士。

 その体からあふれ出す力は間違いなく最高位の英雄だとわかるレベルの物で、こんな場所でありながらも一縷の隙も見当たらない。


「も、申し訳ございませんバーボン騎士団長」


 バーボンと呼ばれた男は少し笑みを浮かべると一度うなずき、その騎士に退室を促した。


「さて、彼もいなくなったことだし、少し楽にしてくれて構わない。それと、これから少し君に話を聞くが、正直に答えてくれると助かる」


 そう言って俺の尋問が始まった。


「君はあそこで何を?」


「童貞を卒業しようと思って」


「……な、なるほど、そうだったのか。じゃ、じゃあどうしてキルベガンの本拠地にいたんだ?」


「いい店紹介するって言われて、通されたのが怪しいパーティー会場で、怖かったから逃げた。鬱憤がたまって小石を蹴ったらピタゴラスイッチして地面が抜けた」


「…………あ、あぁ、つまり偶然あの場に居合わせた、と言うか、あの地面の穴は君が?」


「……なんか家が崩れたりしていきなり地面に穴が開いて落っこちた」


「……これも嘘じゃない………、え、じゃあ本当に君はあの場にいて、巻き込まれただけだって言うのか!?」


「まさしくその通りだよ! 俺だって大人の階段をようやく上ってやろうと思ってたところにこんな水差されてテンションがた落ちなんだよ! 逆にどうしてくれンだよ俺のテンション!」


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