第293話

「着いたぜ」


 そう言って巨大な扉をあけ放ったスキンヘッド。

 にやけた表情を浮かべながらこちらを見て、俺の背中をバシンと叩いてきた。


「今宵の宴にようこそ」


 背中を叩かれた勢いで扉の中に入ってしまい、その中を見て、俺の脳みそはオーバーヒートした。


 は? え? 何これ? パーティー会場? それになんか穏やかじゃない雰囲気凄いし……え、どうなってんのよこれ。


 状況が理解できていない俺に、近くにいたドレス姿の女が声をかけてきた。


「アラ、あなた一人?」


「まあ、そうだけど、これどういうことだ?」


「あぁ、もしかしてあなたがあの暗闇? だったら納得ね。基本ソロって聞いていたし、これほどの規模の計画だとは思わなかったみたいね。だけど、今回は神王連盟も本気なのよ。何せ今から復活させるのは“神”の名を関した古代種……序列5位、戦神モンテロッサなんだからね」


 幹部連中も総動員の作戦みたいね。なんてことを言いながらその女はグラスに口を付けた。


「魔王の因子が見つかったのは僥倖だったわね。あれがないとモンテロッサの復活なんて出来やしなかったでしょうし」


 隣で得意げに語る女。

 ねえ、あなたもそう思わないかしら? なんて言われるが、俺には正直状況が呑み込めていない。


 え、俺童貞卒業しに来ただけなんだけど……なんでこんな世界を転覆させるような大事件に巻き込まれてるわけ?

 人類全滅するレベルの事件よこれ?

 

 と言うかこいつら古代種なんか解き放ってどうするってんだ? あの化け物を支配できるとでも思ってんのかね?


 そんなことを考えながら、どうにかこの場を逃げ出して、無人島で暮らす計画を頭の中で立てていれば、どこからともなく声が聞こえてきた。

 いや、聞こえてきてしまった。


『―――あなたはッ!!!』



 あちゃー、これ完全に面倒ごとに巻き込まれた感じじゃないですか。

 いや、まだ間に合う。まだ何食わぬ顔で逃亡を図れるはずだ。


『ねえ! 聞こえているんでしょ! 反応なさい! この最強の魔王が直々に声をかけてやっているのよ!』


 そうだ。お酒を飲みすぎてげろ吐こう。そしたらここから追い出されるに違いない。

 悲しい事にドアの前に強面のお兄さんが二人いるし、普通の方法じゃ出ることもできないだろうね。


『せっかく話を聞いてくれたら褒美をあげようと思ったの―――』


『ビジネスのお話しなら早く言えよこのポンコツ。んで褒美って何?』


 俺の仲間に念話って技術を使うやつがいる。これは俺のボイスチャットみたいな感じで念じたことを相手に届けることができるわけだが、慣れてないとほんと余計なことを送っちまうポンコツ欠陥品な訳よ。 

 だけど俺のボイチャはそんなことはない。しっかりとミュート機能も完備してる。


『……この最強の魔王にそんなふしだらなことを要求したのは貴様が初めてよ……』


 ほんと念話のお馬鹿さん!

 

『あんた魔王の残留思念か? それにしてはだいぶ自由っぽいけど』


『私程の魔王になればこの程度のこと造作もないわ……じゃなくて、あなたに頼みがあるのよ』


『なんで俺?』


『あなたはここの連中と関係ないし、それに唯一あの壁画を見つけた存在だから』


 ほんっと面倒この上ない。

 

『いやだ。例え何を貰おうとも俺は古代種には関わらないって決めてんの』


『……そう……わかったわ。ごめんなさいね一方的に頼りにして』


『おう。それに、最強の魔王ならわかってるんだろ? 俺が何の力も持たないゴミカスって』


 藁にも縋るってのはこういう事なのかね。

 

『それでも……よ。今の私に力はほとんど残されていない。それどころか肉体はないし、自由に歩き回ることもできないの。それに比べれば、自由に歩き回れるあなたの方がまだましでしょ? 助けを呼ぶだけでいい。世界に警鐘を鳴らすだけでいい。 悔しいけどモンテロッサが復活してしまえばそこで終わるわ。時間がないの。だからお願い。協力して頂戴』


『―――それやって俺になんか得あんの?』


 これが全て。俺の手に入れた情報。手に入れた知られざる歴史。しかし、この国自体が消えてなくなればそれは価値を失うかもしれない……だからなんだ?

 それでも俺の命には代えられない。

 

 いかに俺の運が悪いといっても、自らこんな危険な事件に首を突っ込むような中じゃない。


『俺が命がけでそれを外に伝達するに見合う報酬は何がるんだ? 話しかけることしかできないお前に、俺を動かす報酬を支払うことができるのか?』


 生憎と俺は勇者のような性格でもなければ、それに準ずる力を持っているわけでもない。

 奇跡なんかこの世界の誰よりも信じてないし、都合よく助かるなんてのも考えちゃいない。

 

『話はここまでだな。俺には荷が重すぎる。他の誰かに頼ってくれ。俺みたいな日陰者じゃなくて、本当の勇者にな』






 それを最後に、最強の魔王は俺に語り掛けることはなかった。




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