第284話
◇ ◇ ◇
運命は乗り越えられた。
全てをあざ笑うかのような、あの無能の手によって。
本当に意味が分からない。今までで最弱の助っ人が、どうして今まで誰も超えることがなかった運命を超えることができたのか。そもそも、どうして運命を変えることができたのか。
―――ゆっくりと倒れていく彼と、視線があった気がした。
そんな中、彼の体は傾きながらも、口元は再びあの顔を作っていた。
この数時間で、私を救ったあの顔。私を解放したあの顔へと。
これだけの偉業を成し遂げた傑物が倒れたにしては些か軽すぎる音が聞こえた。
その直後、彼の体にこびりつく古代種の血がどんどん透明に、まるで彼の体の中に侵入していくように消えていくのが分かった。
聞いたことがある。以前にナンバーレスと統制協会の衝突があり、統制協会は圧倒的な物量によりこれを打倒した。しかし、その時の生き残りの殆どが謎の病や、発狂を起こし、現場から離れたという。
ごく限られた上位の生物のみが発動する死後の呪い。それを統制協会の100人余りが身に受け、そして半数以上が死んだという。
公表はされていないが、私のかつての立場であれば、その情報を得ることが可能だった。
だからこそ、この英雄をそうはさせまいと私の足は彼に向かって駆け出していた。
――――そんな時だった。
あの巨大魚を遥かに超える巨体を持つ八つ足の怪物が、その巨大な手で黒い靄を握りしめている姿が見えた。
それを見た時、私の足は、あれ程勇んで駆けだしたというのに腰を抜かし、その場で震えることしかできなくなってしまった。
序列を持たない古代種などではない。これは間違いなく“王”か、あるいは“神”の称号を簒奪した古代種だ。
そう脳みそが理解した時、その影は黒い靄を意図も容易く握りつぶし、姿を消していた。
もし本当に彼が500年前の英雄である千器だとしたら、あの影の正体を私は知っている。
かつて世界最強と謳われた英雄国家をたった一日で壊滅させた超常の中の超常。戦いの神と称される怪物―――モンテロッサ。
その呪いとでもいうのか、はたまた複雑に絡み合う呪いが奇跡的に加護のような役割を果たしてしまっているのか。
それは定かではないが、それはすなわち、彼は既に“狂ってしまっている”という事の証明でもある。
高位の英雄が数日と耐え切れず自ら命を絶ったような呪い。
最高位の英雄でさえ発狂し、まともな生活が出来なくなってしまったような呪い。
そんなものを受けてなお、まともでいられるはずがない。
―――だとしたら、一体彼は、彼の何が狂ってしまったのだろうか。
そんな事を思いながらも、一息吐き出し、私は踵を返した。
「―――嬢ちゃん、どこ行くつもりだ」
そんな私の手を掴んだのは、あのユニークな髪形の人だった。
「どこと言われましても。ただ、私は私のあるべきところに帰るだけです」
「俺はな、千器って存在に誰よりも憧れてる自覚がある。だからこそあの人の話は人一倍詳しい」
「……それが?」
「作り話だと心の中では思ってた。賢王ミハイル・ランバージャックが他国を牽制するために作り上げた伝説だと、偶発的に重なった伝説級の偉業を、たった一人の功績にして、ランバージャックの繁栄の礎にしたんだと思ってたんだがな、目の前で本当に、何の力ももたねえあの人が、伝説通りの偉業を成し遂げたんだ。俺の信じた伝説は嘘なんかじゃ、作り物なんかじゃなかったんだって今なら胸を張って言える。だからこそだ」
そう言ってその人は私の手を握る力を少しだけ強くしてきました。
「千器って人はな、いや、千器の全ての伝説にはな、必ず“
「……なんのことでしょうか。全く身に覚えがりませんね」
「感謝しろなんてことは言わねえ。だけどよぉ、どうか頼むからよ、あの人に最後に一回でいいから笑ってやってほしいんだ。アンタが守った女の笑顔は、こんなに綺麗なんだって、あの人に見せてやってほしいんだ」
縋りつくようにそう言った彼の手を払いのけ、私はそのまま街に向け足を進めた。
何をバカなことを言っているんですか。一体、一体どんな顔をして彼に会えばいいのか、既に私は分からなくなってしまっているのに。
これだけの脅威を、私の為だけに戦ったなんて言われて、私は一体彼に何を返したらいいのか、見当もつきませんよ。
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