第282話
あまりの水流で、おそらく砂の操作ができないのだろう。
砂を操る力よりも、これだけの水の力が勝っているのだ。
しかし、それは普通の人間がこの環境下で生きていけないという事も示唆している。
剣を突き立てた瞬間、一時的に道となっていた周囲の水がその道を塞ぐように勢いよくなだれ込んでくる。
案の定その水の流れに彼は流された。流されたが、それでもどこか勝利を確信したような、そんな表情を浮かべている。
「―――」
激しく動き回る彼の口元がかすかに動いた気がした。
それを視認できたのは偶然か、はたまた必然だったのか分からないけど、それでも―――
「16回目」
「17回目」
「18回目」
水中だというのに、彼はまるで陸地にいるかのように自由に動き回り、声まで発し始めた。
それに対し古代種はごぽごぽと口から空気を吐き出しながら身悶えるだけだった。
勝負は決した。そう思った時だった。
『神を――――愚弄するなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!!!』
天を突くような怒号が周囲に響き、あれだけあった水が一瞬にして地面に吸い取られてしまった。
砂とは、そもそも乾燥している地面のこと。だからこそ、水を恐ろしい速さで吸うのはわかるが、これだけの暴力的なまでの水を、これだけの短時間で干上がらせるのなんか、普通に考えれば不可能だ。
それでも、そんな不可能を可能にするのが、神。
『我は神ッ! 絶対の強者! その我に敗北はない!!!!』
これが古代種の底力か、はたまた意地が成せるのか分からないけど、それでもこれであの人の勝機は―――
「これだけバカデカい魔法で、魔法だけはキャロンに匹敵するバカが3時間もかけた大魔法で、一体どれだけの魔力がここに霧散したか、そう言うこと考えたことあるか?」
彼が手に持っていたのはたった一つの弾丸。そこに目に見えない何かがどんどん吸い込まれていくのが分かる。
まるで全身から力が抜けていくような、そんな感覚。
『紫結晶の粉末を含んだ水を吸収したんだからよォ、そりゃもう勝ち目なんざねえさ』
紫結晶……おそらくあの握りつぶした紫色の結晶のことだろう。それがいったいどういう物なのか、私には分からない。分からないが、この喋る本は本気でもう勝負が決まったと思っていることだけはわかった。
『人間風情がぁぁぁぁっぁあああ!!!』
怒りに我を忘れた古代種が巨大な口を開き、そのまま彼を飲み込んでしまった。
『ただでは殺さぬ! じわじわと骨まで溶かしたやろう! その間貴様は死ぬことも狂うことも許されぬ!』
そんなことが可能なのかどうか、いえ、神ならきっとそれくらい可能なのでしょう。
ですが、どういう訳か、どう言う理由か、先程までのハラハラがもう私の中から綺麗さっぱり消え去っていた。
その声はまるで耳元でささやかれたかのように鮮明に、そして痛烈に響いた。
「―――立塞がる絶望の凶弾」
その瞬間、あの古代種の腸を引き裂き、顔面を突き抜け、紺色の巨大な何かが眼前を通過していった。
「あのバカが投げ飛ばしただけの槍を呼び出すだけだってのに、こんだけ魔力が必要とか、ほんと舐め腐るのもいい加減にしなさいよね」
顔面に穿たれた巨大すぎる穴。そこからずぶ濡れの状態のまま這い出してきた彼。その顔はやはり―――いつも通りのにやけ顔だった。
「戦神モンテロッサが最も恐れられたのはその強靭な肉体と、圧倒的すぎる身体能力―――だけど、一部の連中からはそれ以上に恐れられたものがある。それがこいつだ」
そう言って手を伸ばした瞬間、上空から落ちてきたそれが再び死にかけの古代種に突き立てられた。
「神殺しの武具たち。神の力を無力化し、神の力を破壊する諸刃の剣。神でありながら神を殺すために生まれた最強の怪物の力さ」
今から500年ほど前に、肉弾戦最強と謳われた古代種が打倒された。それを成した男はかの神に認められ、その武具を譲り受けたという。
そもそも、その神自体、暴れることよりも戦うこと自体が目的のような怪物だったという。
その怪物に力を認められ、今わの際に全ての武具を譲り受けたとされる伝説。
翼をもつ者以外決して逃げることも出来ず、序列1位と正面から殴り合い、序列2位の両の足を引きちぎり、序列3位の頭蓋を叩き割った古代種。
その唯一無二の弱点は空を飛ぶことだけが出来なかったこと。
だからこそ、その古代種は序列を大きく落としていたとされ、本来その力だけで見れば―――
そんな怪物と、10日以上にわたり激闘を繰り広げ、ついに神滅という大偉業を成し遂げたとされる人物。今後これ以上の功績を打ち立てることは不可能と言わしめた傑物。
それが、まさかこんなに無力で、こんなにも小さな人だったとは。
500年前の人が、なんていうそんな“些細なこと”気にもならない。そんなことよりも、これだけ小さな人間が、これだけ無力な人間がそれを成し遂げたことを実感してしまった驚きの方が数千倍強かった。
「―――千器」
小さく呟いた私の声に、横にいた個性的な髪形の人が答えた。
「最強の仲間の力を弾丸に込め、奇跡を起こす最強最弱の無能―――千器……ガキの頃聞かされて、これほど惹かれることはねえと思てったが、やっぱ実物は桁違いだぜ……あぁ、やっぱカッコイイなチクショウ……俺なんかじゃどう頑張っても追いつけそうにねえや……」
そう言うことか。あなたはいつも、運命なんて物に縛られることなく、知恵と勇気と努力でそれを超えてきたんだ。
だから、そんな人の未来なんて見えるはずがないんだ。これほどの奇跡を、“起こるべくして起こす”人の未来なんか、どう頑張ったって見ることができるはずがないんだ。
ゆっくりとにやけ顔のまま倒れて行く彼を再び見やりながら、私の思考は動き続けた。
世界で初めて、死の運命でもなく、未来がないわけでもないのに、これからが見えない人に出会った。
そして、それを自覚した瞬間、どうしようもなく私は――――
「―――救われた……のね……」
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