第281話
一度でも攻撃を食らえばそれまで。そんな緊張感で、生死の綱渡りを2時間以上続ければそうなっても仕方がない。
そしてそれを見逃してくれる程この敵は生易しい相手などではない。
すかさず落下を始めた彼に向け、数百に及ぶ砂の槍が迫る。そしてその周囲に砂の弾丸を待機させ、ここで完全に止めを刺そうとしていることは目に見えていた。
ゆっくりに感じる速度で落下していく彼。
そんな中、どういう訳か私は彼に向け、叫んでいたのだ。
「————私を、助けてッ!!!!」
この運命から。周囲に死をばらまく最悪の特性から。どうか解放して欲しかった。
絶体絶命の彼にこんなことを言ってどうにかなるわけがないのに、それでも叫ばずにはいられなかった。
何故か、今叫ばなければいけない気がしたから。
もうこの後にこれを言うことはないと、かってに思ってしまったから。
数多の凶器が彼に押し寄せる間際―――彼と視線があった気がした。
驚くような表情と共に、どこか覚悟を決めたような、そんな顔を見せたような気がした。
ドゴゴゴゴゴーーーと、膨大な質量を持つそれが彼に襲い掛かり、たかだか人間一人殺すには些か以上にやり過ぎに感じる攻撃がその破壊の牙を剥いた。
「いや……」
認めたくない。こんな運命……もうこりごりだ。
運命なんて牢獄に囚われ、それをひたすら人に告げるだけの人生なんて、もう嫌だったのに。
「認めない……こんなの……」
『―――人の身で、この我に、この神にここまで食らいつくなど世界の理に反しているッ! 世界の理を覆す存在など、許しては置けな―――』
恨めし気に、しかしどこか勝ち誇ったように彼がのみ込まれた場所を見つめる巨大な鮫。しかし、その話が最後まで言い切られることはなかった。
「―――互換罠」
数百トンに及ぶ超物量攻撃。それを受けたはず、そして死んだはずの男の声が聞こえた。
声の聞こえた上空に目を向ければ、そこにはボロボロになりながらも、ニヤニヤと笑みを浮かべる彼がいた。
いつものように余裕な顔で。どうにかなると本気で信じて疑わないその表情で。
「一張羅が無けりゃ死んでたね~いやぁほんと……やってくれんじゃん」
『バカな! なぜ貴様が! 今回は確かに手ごたえがあった! 確実に攻撃は貴様に当たっていたはずだ!』
「あぁ、めちゃめちゃ痛かったよ。正直ウンコもらすかと思った。だけどさ、助けてって言われちゃったんだよね。だからさ……そりゃ負けられねえよな」
そう言った彼は懐から紫色の結晶を取り出し、それを握りつぶした。
「持ち合わせが少なくてね。申し訳ないけどこれで決めさせてもらうから」
キラキラと光を反射する粒子が彼の周囲に揺蕩う中、再び砂の槍と弾丸が地面からせり出してきた。
まさかあのレベルの攻撃がいつでもできるっていうの!?
「あぁ~ごめんね? 俺ちゃんってさ、糞雑魚界の世界チャンプだからさ、これがないとまともにお前らに通用する個性も使えない訳。でも逆を言えば―――」
打ち出された槍や弾丸、その全てが彼にぶつかる直前でまるでそこに元からなかったかのように消滅していく。
「これさえ使えば、遠距離攻撃でも、いつどこにどれだけ来るか把握くらいはできるんだよね。それと、これで詰みだ―――叡智の書」
『ぎゃはははは!!! ぁあようやく出番ってかぁ!? まったくよぉどんだけ待たせやがんだよテメエは!』
「いや逆ね? テメエのこと待ってたんだからね? そろそろケツ拭いてトイレに流すぞ?」
『―――し、しゃーいっちょ派手にいってやるぜご主人様ぁぁぁあ!!!! 【懲罰の大洪水】』
先ほど見た数百トン級の物量攻撃。しかし、これはそれを遥かに超える物だった。
突如視界が上空に移動させられ、そこから今地上で起こる奇跡を目の当たりにしているのだが、一体いつ移動させられたのかも分からない。
『ノアの箱舟にようこそばか野郎ども! テメエらは今日から俺様のパシリだぜヒャハーーー!!!!』
ノアの箱舟、そして懲罰の大洪水。聞いたことがある。
稀代の魔術師がその一生を捧げ、ようやく発動することができるとされた神代魔法。
神々と戦った人間たちを記したとされる御伽噺―――始まりの物語【オリジン】。その中の一人が生み出したとされる地上を飲み込むほどの強大な水の魔法。
それが今、目の前で発動されたのだ。
「―――!? あの人は……あの人は一体どこに!?」
しかし、そんな中、彼の姿だけがなかった。
世界を飲み込む水害。それから逃れるためにはこの箱舟に乗る以外方法がないはずなのに……。
背筋がぞっとして、急いで箱舟から顔を出せば、そこには―――
「陣術――――豪炎陣!!!」
遥か上空から刃をむけ、水流にもまれる古代種の元に向け、一直線に落下していく一人の男が見えた。
爆発と同時に水がはじけ飛び、微かに空いたそこに身を滑り込ませるように突っ込んでいき、水に洗い流されてしまった砂の鎧の隙間から刃を突き立てた。
「15回目だ!」
これだけの水流だというのに古代種はその場から微動だにしていなかった。これが理の外にいる神の力かとも思ったが、しかし、その身に纏う鎧はそうではなかった。
最初からあの鎧を剥がすためだけにこれだけの準備をしてきていたのだ。この一撃の為だけにこれだけの大それた仕掛けを行ったのだ。
この神を相手に、そんな大それたことをしでかすなんて―――
「―――正気じゃないわ……」
その姿に、つい口角が上がってしまった。
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