第279話
気が付けば走っていた。
なぜ自分がこんなに急いでいるのかも、どうして焦っているのかもわかっていながら、それでも戦闘向きな個性ではないために走る速さがそこまで早くない自身の体がこれほどに憎いと思ったことはあっただろうか。
未来を見通す力―――未来視。
よくある可能性を見るような力ではなく、これは見たものの“先”を観ることがその本質だった。
ある者は強力な個性を持ちながら、その本当の使い方を知らなかった。しかし迷宮の深部で命の危機に瀕した際にその個性の真価を発揮し、救世主と謳われるようになった。
また、ある者は数年間共にいた仲間に裏切られ、失意の中力に目覚めた。
またる者は一攫千金を狙い迷宮に潜り、その命を散らした。
全て私が今まで“観た”者達だ。そしてそれらの者達の未来は如何に強力であろうと必ずその“先”を見ることができた。
どれだけ常識はずれな個性を持っていたとしても、私が死を見ればその者は死に、どれだけ埒外な力を持っていたとしても、私が敗北を見ればその者は敗北を喫し、どれだけ金に物を言わせて安全を買おうと、私が危険を見ればその者は危険にさらされる。
そんな私が見ることができない者もいる。
既に“先”がない者。例えば病人、怪我人、老人などだ。
だが、見る尺度を変えさえすればそれらの者の未来を見ることもできる。明日何があるか、そんな程度の先だが、それでも知ることはできる。
だからこそ、1秒後の未来さえ見えない、一寸先は闇しかない者など見たこともなかった。
鏡を使えば私は自身の未来を見ることも可能だった。そこで知ったのは、強大な力を持つ“何か”が私を狙っていること。少しだけ先の未来で私の“先”は途絶えていること。
恐らくその強大な力をもつ“何か”が私に死をもたらすのだろうとすぐに分かった。
だが、その何も見えない男が来た直後、水晶にうつる私の未来までも見えなくなってしまった。
それが本当は怖くて、恐ろしかった。唯一私に対し分け隔てなく接するギルドの受付嬢を、伝手を使って王都に招集した。これであの子は少なくとも私がここにいる限り死の運命からは逃れられるのではないだろうか。
そんな事を思いながらも、体は恐怖に震え、心は次第に麻痺していくのが分かった。
だが、私と同じ―――いや、私よりも遥かにひどい状況にありながらも、それでも飄々とする男に、視線を奪われ、興味がわいてしまった。
だから追いかけた。なぜあそこまで気楽に居られるのか、どうして死ぬことが分かっているのにまるで“どうにかなる”とでも言いたげに笑みを浮かべるのか。
―――どうして、なんの力もないはずの男の言葉にここまで……安心してしまったのだろうか。
その答えを求める様に足を動かした。
絶対の未来。それをもしかしたら覆すことがあるかもしれない。今まで幾度となく考えたことだが、誰一人それを成し遂げた者はいなかった。
時に権力者。時に強大な力を持つ英雄。様々な人間が私の観た未来を変えようとして、そして死んでいった。
もう、未来なんて見たくなかった。もう未来なんて知りたくなかった。もう、運命なんて、歩みたくなかった。
こんな目、繰り抜いてしまおうと何度思った事か分からない。幸せな未来なんて、見えたとしても、人はそのさらに先を求める。
だから私がいつも口にするのは暗い未来。絶望の未来ばかり。もう嫌だった。
確定された未来を見るのだから、今後の行動でどうこうなるなんてレベルのものではない。結局未来は運命の拘束力によって収束してしまう。だけど、それでも心の準備だけはできる。そう思って、そう思ったのに、結局は失敗した。
占いも、いい占いばかりをするわけにもいかない。だから悪い事も隠さず伝えた。そうしたら皆、少しはそれに備えられると信じて。
だけど、そんなことお構いなしに皆、私の話しを聞かなくなった。だから各地を渡り歩くようになった。
それでも、最初は面白半分に聞いてくれていても、忠告をし過ぎればすぐに潮時になる。そうなる未来が見えてしまう。
不気味だ。不幸を呼ぶ女だ。何回そんな事を言われたかわからない。だけど私だって好き好んでそんな事を言ってるわけじゃないのに、それなのに………………
「―――はぁ、はぁ、はぁ……う、嘘……そんなこと………ありえない……」
ようやく到着したその現場には、赤黒い砂を全身に纏いながら、満身創痍になっている巨大な化け物と、それに一人で立ち向かう軽薄そうな男がいた。
「爆ッ!」
装甲が内側から爆ぜ、その直後、そこに向け、まるで弾かれるように突っ込んでいった彼が、その刃をその化け物に突き刺した。
「————14回目だこらぁぁぁあ!!!」
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