第277話
陣術の弱点は往々にして多い。
例えば、普通に使うのであれば誰が使っても一定の威力しか発揮しないところとか、そもそも行使するのに時間がかかることや、自身の魔力を使う訳ではないので威力はその空間に充満している魔力の総量に比例してしまうこととか。
そして最も大きな欠点が、陣は一つの陣で一つの現象しか起こすことができない。
魔法のように途中で軌道を捻じ曲げたり、破裂させたりなどができないのだ。
だが、これらの欠点は俺にとって最大のメリットになりうる。
動きを視認して攻撃を変更するなんて高度な技なんか、そもそも俺の動体視力では不可能だ。だが、気配によっていつ、どこに、どうやって移動するかわかれば、そこに絶対に向かってくれる陣と言うのは心強い。
誰が撃っても同じ威力と言うのもそうだ。俺のような貧弱が撃っても威力にさほど変化は出ない。まあ大規模な術になればおのずと自身の魔力を練り込んで行使するようになるから結局魔力量の多い連中には勝てないし、俺じゃ戦闘中に使えない陣ってのもかなり多いが。
発動までの時間を限りなく短くしてくれる存在として“媒体”が存在し、俺の場合だとこの媒体は針やナイフ、そして今回のような札を使う事もままある。
ナイフや針だと仕込みに時間がかかり過ぎてしまうことがあるが、逆に大量に用意するのであれば札は圧倒的なコストパフォーマンスを誇る。
その分札自体に殺傷能力がないのがいたいところだが……
なぜこんな話をしているかと言われれば、今俺の使った雷撃陣。これは魔法で言えば初級程度の雷撃を起こす陣術だ。その上位互換として轟雷陣と言うのがあるが、今は一旦置いておく。
結局何をしたのかと言われれば、簡単なことだ。充電式のアーティファクトに電流を注いだだけに過ぎない。
『な、なんだそれはぁぁっぁああ!!!』
そりゃ驚くのも無理はないよね。俺だって最初見た時はハッキリ言って正気を疑ったし。
今俺の取り出したアーティファクトは魔闘時代に大暴れした天空魚と呼ばれる大型ジャンボジェットより巨大とされている化け物を倒すために開発されたアーティファクトだからな。
充電が済んだそれはターゲットを補足すると同時に、道具の本懐を果たす。
射出された地引網のようなそれは雷を纏いながらルカンに纏わり付き、その動きを見事に阻害して見せた。
潜ろうにもネットが邪魔で上手く潜ることもできない状況に陥ったルカンはすぐさまそのネットの破壊に動き出すが、それを大人しく見ててやるほど俺は優しい漁師ではないのです。
「ユーリさんシューティングスター発射!」
おなじみの射出機から放たれた要塞龍の牙を元に作られた大剣がルカンの外殻を突き破り、派手に血の華を咲かせた。
『ぐおおおおおっ!?』
一撃でどうにかなるなんて甘い考えは持っていないんでね。どんどん行かせてもらおうか。
次々と射出され、そして突き刺さる大剣に、さすがのルカンも身じろぎを繰り返し、苦悶の声をあげた。
『人間風情が調子に乗るな!』
激情を吐き出すかのように声を荒げたルカンは自身の周囲を砂の装甲で覆い隠し、そこからハリセンボンのように全方位に対して針を吐き出した。
「げっ! そりゃ反則だろうがよ!!!」
俺に向かって飛んできた針を間一髪回避するが、その背後にあった射出機が見事に餌食になってしまい、ユーリさんシューティングスターは見るも無残な姿に変えられてしまった。
「てめえよくも―――」
『神を侮辱した命知らずめがッ! これで済むと思ったか!』
次いで行われたのは、先程の針の攻撃などまるでおままごとに感じられてしまうような、巨大な砂の津波。
何もないところからいきなりせりあがる様にして現れたそれの高さは10メートルを超えている。
「ぎゃああっぁああ!! 反則だ反則!!!」
『潰れろ下等生物がぁぁっぁあぁぁ!!!!』
小さな町程度であれば簡単に飲み込んでしまうような砂の濁流にのまれ、その圧倒的な質量によって押しつぶされた俺に対し、ルカンは未だに警戒を解かず、俺の飲み込まれた場所を凝視している。
『ふん。さすがのアレもこの圧倒的な物量の前には成す術もな―――』
「―――三回目だ」
鼻を潰したのは死を偽装するため。
わざわざ地面というあいつのフィールドにいたのはあいつに起死回生の一撃をうたせて油断させるため。
それらすべて、俺の想像通りだった。
上空の結界の上で幻魔石によってつくられた幻術がかき消されたのを見ながら、俺はルカンに飛び降りつつ、神剣を突きさした。
これで幻魔石に残された魔力が空になった。しばらくは幻術のだまし討ちは出来ないが、それでもこの一撃は大きな意味を持つ。
俺の狙いはこいつの聴覚を完全に奪うこと。耳という構造ではないにしろ、音という振動をキャッチする器官は存在しており、そこを神剣で斬りつけ、さらにその傷口に先ほど話した轟雷陣を付与した奇石をねじ込んだ。
これでルカンの聴覚は半減する。嗅覚に続き、聴覚までだめにされたルカンはこれで丸裸も同然だった。
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