第274話 カミサマホトケサマシモザマ

「はぁ、はぁ、あと……何体いる……?」


「わかり……ません……これじゃきりが……」


 本来の作戦では周りの魔物をさっさと片付け、直ぐにアイリーク側に参戦するはずだったのだが、それさえ出来ずに、一方的に力を削がれ続けている。

 アイリークも既に幾度となく負傷をおい、顔色も真っ青になってしまっている。


『『『GAAAAAAAAA!』』』


 トーモアが膝に手を突き、アフォードが剣を杖にしながらようやく立っている状況にありながら、それらは一切の容赦なく無慈悲に襲い掛かってくる。

 

 なんとかそれ等を切り抜け、再びしばしの休息を挟もうとするも、少しでも気を抜けば、彼らのボスに加勢しようとする質の悪さがあり、それのせいでまともに休息をとることもできない。


 アイリークもアイリークで、攻撃することは一切考えず、いかにして生き残るかだけを考えこれまでの時間を稼いだが、そもそも先ほどトーモアを助けた際に使った古代種討伐用に開発された爆弾は、ここぞという時の切り札に残していた物だ。

 それを受けて殆どダメージを負っていない時点で既にこの戦いは詰んでいたのだ。


 仮にも相手は神とも呼ばれたことがある獣だ。

 そこらの魔物や、ちょっと強いだけの獣を如何に上手く狩れようと、蝶を取るのが上手い蜘蛛が、ライオンに勝てないのと同じように、そもそもの強さのステージが異なっているのだ。


 それを今この時、アイリークという男は初めて痛感させられた。

 この仕事が終われば、三人いる副団長の中で一歩抜け出すことができる。最初はそんな浅ましい考えで今回の仕事を受けた。

 冒険がどんなものかも知らない、そんな子供二人のお守りは想像以上に堪えたが、だが、それ以上にアイリークは二人に対して、どうしようもない程に感情移入してしまっているのだ。


 だからこそ、既に勝つとか負けるとか、むしろ戦いですらないこの時間稼ぎに対して、アイリークという男は命を懸ける覚悟をした。


「けっ……やっぱこんな性に合わねえ事するもんじゃなかったな……あぁ、どうにも俺らしくねえ……」



 トーモアが怖がるからいつも着てた服を着なくなった。

 アフォードがかっこいいと言ってくれたから、ヘヤースタイルはこのままにしてた。

 ごはんがマズいと言われたから本気で練習した。

 夜寂しいと言われたから三人川の字で寝た。

 思い出が欲しいと言われたからお揃いのバングルを買い与えた。


 ―――強くなりたいと言われたから、だから本気で……本気で強くした。


 生き残ってほしいと思ったから、全力で鍛えた。

 俺がいなくなっても困らないでほしいと思ったから、強くなって欲しかった。

 気が付けば、いつの間にか依存してたのは俺だったのかもしれねえな。

 

 アイリークは迫りくる砂の塊を転がって避けながら、そんな思考を行い、無様に表情を歪めていた。


「だからよぉ! カミサマァ! もし本当にアンタがいるってんならさァ! あいつらだけでいいから、どうか、どうにか救ってやっちゃくれねえか……だってよ、アフォードはバカだけど優しいんだよ………トーモアは見栄っ張りだけど寂しがり屋なんだよ………それなのによォ! それなのに、こんな俺のせいで、死んじまうなんて……そんなの、あんまりじゃねえか! なあ! 聞いてんだろカミサマァァァァア!!!!」


 地面に転がり、砂だらけの顔を天に向け吠える様にそう言ったアイリーク。

 しかし、この世界の神とやらはそこまで慈悲深くもなければ、お節介でもない。

 ただただ、”面白い事が好き”なだけの、ただの俗物である。かつて最も神を恨んでいた男はそう嘆きをこぼし、そして戦い抜く道を選んだ。


 だが、今この状況で、今この絶望を前に、アイリークという男にその気力は残されていなかった。

 自慢の大鎌も歯が立たず、とっておきの一撃も一瞬敵を怯ませるだけに終わってしまった。

 

 これで絶望しないのであれば、それは既に何かしら心が壊れてしまっている証拠でもある。


 迫りくる絶望を前に、アイリークという尋常ではない常人は膝を突き、その一撃を受け入れた。


 鮫の古代種からすれば鬱陶しいハエを払いのける程度の力。しかしアイリーク……人類にとってそれは自身の生命を簡単に摘み取るような凶悪な物でしかない。

 硬質化した砂の弾丸に打たれたアイリークは声さえ上げることなく宙を舞い、力なく地面に落下した。


 地面に落ちた衝撃でようやく肺に溜まっていた血液が吐き出され、声が出せるようになった。

 明滅し湾曲する世界で、アイリークが見たものは、青空と、燦燦と輝く太陽だった。

 

 それを目にしたアイリークは無意識に手をそれに伸ばしていた。

 追い求めて、乞い願って、それでも届かなかった存在。今の自分の視界に映るボロボロで震える手と、燦然と世界を照らす太陽を内心で“何か”に比喩し、力なく口元に笑みを浮かべてしまった。


「おれにゃ……やっぱ……守れねえってか、ちくしょう……」


 薄い笑みから一転。この世の全ての責苦を受けたような苦い表情で涙を流すアイリーク。

 すでにその頭の中にあったのは、かつて憧れ、追いかけた存在ではなく、たった二人の、仕事上の付き合いでしかなかったはずの二人。

 その二人の未来を、こんな自分が摘み取ってしまったことに対する深い罪悪感。


「たす……けてくれよ……なぁ、カミ、サマ……」


 ついには上げていただけの手からも力が抜け、手がゆっくりと倒れていく。

 もうわかっている。これはトーモアクラスの治癒力をもってしても助けようのない深手だ。

 だから、次こそは―――そんな事を思いながら目を閉じようとした、その時だった。


「ちゃーっす。金利の回収に来やしたー」


 そんな馬鹿気た声が聞こえたような気がした。

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