第273話 万全の準備って言ってる時点で侮ってんじゃん

「広範囲をうち滅ぼす力……来いッ! 【セイクリッドテンペスト】」


 アフォードが剣を掲げるとともに、上空より光の濁流が降り注ぎ、実際には質量をほとんど持たないはずの光によって顔を出した魔物達が地面に這いつくばり始める。


「トーモア!」


「任されましたわ。吹き上げるは激情が如し紅蓮の咆哮!」


 アフォードの背後で両手を広げたトーモアの力によって、的確に魔物達がいる場所にその全身を飲み込むほどのマグマが吹き上げる。


 それに全身を焼かれながらも、それでも魔物達の宴は終わらない。

 依然として背後の都市に突き進むように体を砂上でうねらせ進もうとしている。


「行くぞッ!」


 しかし、トーモアが狙っていたのは今の一撃による殲滅ではない。

 それほどの火力は、今の二人では到底出すことができないなどとっくに理解していた。

 だからこそ、潜るべく地面にマグマを張り巡らせ、急激な温度の変化で全身に纏わりついたそれが石のような硬さに変化し、魔物達の動きを阻害することこそがトーモアの狙いであり、そして―――


「かの者に光の加護を!」


 圧倒的単体火力を誇る光の戦士が各個撃破するための時間を稼ぐための物でもあった。


「ブレイブソウルッ!」


 アフォードが地面を踏みつけるとともに、ブレイブソウルによって間欠泉のようにアフォードの周囲に加護があふれ出した。それは本来この時点のアフォードが持つには些か大きすぎる力だったが、それを完全に制御させているのが聖女の与えた光の加護であった。

 これによって今この時、未熟者でしかなかったはずのアフォードは戦闘技術や経験を、その圧倒的なまでの戦闘能力で覆す存在に昇華した。


「未来を切り開くッ!」


 鋭く息を吐くと同時に駆け出したアフォード。その姿は傍目に見れば光その物ののような圧倒的速度を誇り、そして―――


「込める願いは元から決めていたんだ……全ての災禍を振り払う力。迫りくる暗闇を照らす強大な力!」


 アフォードの個性は世が世なら最強の騎士になったとしても全く不思議ではないポテンシャルを秘めている。

 その名も渇望一擲。


 願う力を一時的に得ることができる偉大なる光の加護を得た力だ。

 願いの強さによって出力が大きく変化するという事もあり、彼が元来正義感の強い人間であったからこそここまで強大無比な個性になったともいえる。



 その光が通り抜けた後に残るのはバラバラに切り裂かれた残骸のみ。もともとアイリークによって古代種や古代種に付き従うユニークモンスターは尋常ではない回復量を秘めていると聞かされていた。

 だからこそ回復不可能な程に完璧に完全にたたき潰す必要があったのだ。


「はぁぁっぁあああ!!」


 その高速移動にさえ反応して見せた巨大なミノカサゴの出来損ないのような魔物。巨大な口をアフォードに向かって開き、金属でもキャンディーのように粉砕する歯を叩きつけた。


「させませんッ! 遮るは大気の壁!」


 すかさずトーモアの個性である【言霊】が発動し、魔物の顎はアフォードにぶつかることはなく、その手前で見えない何かによって遮られた。

 総重量数十トンを超えるそれを完全に防ぎきる防御力はただ治癒に優れた聖女の中では過ぎたる力であるが、だからこそトーモアはこのパーティーに所属できている。


 討伐ランク80以上の、獅子型の魔物を専門としている怪物集団、獅子狩り。その副団長であるアイリークと、文字通り“選ばれし者”であるアフォードという錚々たるメンバーの中にありながら、全く見劣りしないどころか、援護から回復、斥候まで務めるばかりか、時には前線にも上がれる後衛職ともなれば、冒険者にとってこれほど手に入れたくなる人材はいない。

 護衛の必要が全くない後衛と言うのはそれだけで強みだ。強大な魔法を速射し、莫大な加護を一瞬で与え、絶大な癒しを瞬時に施す。

 このパーティーの根底を支えている人材といっても過言ではない。



 ―――だからこそ、それを狙わないはずがなかったのだ。


「————トーモアッ!!」


 振り返ったアフォードが鋭い声をあげてくる。しかし、当の本人はそれに呆けた表情を浮かべるばかりだった。

 

 だって、これだけ優勢で、コンボも決まって、光の戦士をこの私がたった今救って差し上げたばかりで、これ以上に何を……


 トーモアがそこまで考えたところで、彼女の顔に影がかかった。


「―――へ?」


 デカい。先ほど相手にしていたあの魔物とは比べようもない程に。

 そして強力だ。触れなくても、視界に納めなくても、なんなら索敵さえしなくても、この肌からびりびり伝わってくる圧倒的な絶望感。 

 これが告げてくるのは―――


「―――へっ。何逃げだしてくれてんだコラァ!」


 冷や汗が噴き出し、今にも走馬灯のロードショーが始まりそうだった。だが、それは強制的に中断させられ、この場において最も信頼している……知りうる限り最も強い常人の声がトーモアの耳に届いた。


『GOAAAAAAAAAAAA!!!』


 まるで鼓膜でも直接揺らされているのではないかと思う程の悲鳴を伴いながら地面に落ちてきた古代種。

 そしてその傍らに立つのは……


「悪い、少しミスったみてえだ」


 左手を失い、左の腹部の形が明らかに異常なへこみ方をしているアイリークだった。


「さすがに一人じゃ無理だ……が、そっちも手が離せねえと……やっべえなこれ、完全に侮ってたぜ……」


 そんな話をしながらも、肩に乗せた鎌を構え直したアイリーク。


「ありがとよ」


「い、いえ……」


 アイリークを瞬く間に治癒して見せた聖女。その力はやはり規格外としか言いようのない物だが、それでも、先程感じた気配は、先程感じた死の感覚が今だに―――


「……きえない……」 

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