第272話 ひぃやっくっしょい!!ってくしゃみする人いるよね
◇ ◇ ◇
「トーモア、アフォード、行くぞ」
モヒカンの男に付き従うように背後にぴったりとついて歩く二人の男女。片方は異世界人の立ち入りの許されない泉に唯一入ることのできる存在―――光の戦士アフォード。
ゴールドの髪に翡翠のような瞳を持つ美男子ながら、その戦闘能力は並みの英雄では既に手が付けられないレベルにまで叩きあげられている。
そしてさらにそれに拍車をかけているのがその隣にいる女性だった。
聖国が誇る聖女が一人。トーモア。癒しの力に傾倒しがちな聖女の中にありながら、その戦闘能力もさることながら、最も危険とされるのは文字通り“万能”であること。
時に敵の阻害、時に前衛で敵をひき付け、時に斥候のように動き、時に魔術師のようにふるまい、そして時に聖女の名を得る程の治癒の力を扱う。
そのどれもがタメを必要としない速射性能を持っているとなればこちらも手の付けようがほとんどない。
「だけどアイリークさん、本当によかったんですか? 本当は確か飛び切りの助っ人を用意すると言っていたような」
「あぁ、その点に関しちゃ何も問題要らねえさ。長年冒険者をやってきた俺の勘が言ってんだ。“やつ”は必ずこの一件に絡んでくるってな」
「冒険者としての勘ですか………」
「まあ正直冒険者なんて物になった覚えはあんまりねえんだがな。だけど獅子狩りとしての経験ってやつかね。とにかく、想像より数年早いが仕上がりは上々だ。今のお前らだったら恐らく“ナンバーレス”とだって戦えると俺は見てる」
「はは、買いかぶりですよアイリークさん。僕たちが如何に英雄だとしても、獅子狩り副団長に比べたらまだまだひよっこですし」
そう言ったアフォードに向かってアイリークではなく、トーモアがいきり立った様子で話しかけた。
「そんな事はありません! アイリークさんの目は確かなはずです! 今や私達は並大抵の英雄程度片手で捻れる程度には強くなっております! そもそもこの私達がナンバーレス程度に勝てないのであれば、“序列持ち”なんてどんな化け物でも勝ち目がありません!」
かつて聖国の聖女が一人、黄金の聖女と呼ばれた傑物は幾度となく古代種との戦いを乗り越え、莫大な財を聖国にもたらせた。
その財を元手に聖国は今の列強国としての立場を得ている。そこから聖女の名前はブランド化され、今では聖女ビジネスを世界各地で行っているほどだ。聖女の祈りを受けるためだけに莫大な財が湯水のように流れる。もはやそれは聖国にとっての金脈に他ならなかった。
だからこそ、一代に一人だったハズの聖女が前回から四名に増員されるなどと言う前代未聞の事態が起こっている。
「まあ話はそこまでにしようじゃねえか。これから俺達が向かうのは―――地獄なんだからよォ」
アイリークのその言葉に、二人は何かを覚悟したようにごくりと一度固唾を飲んだ。トーモアはローブの裾を力強く掴み、アフォードは震える手を剣の柄にゆっくりと乗せた。
「さァて。んじゃあパーティーの始まりと行こうかねッ!!」
突如として目の前に現れたそれ。
全長は20メートル近くあるそれが地面をぶち抜いて三人の足元から巨大な顔をのぞかせた瞬間だった。
「だりゃァァァア!!」
アイリークの取り出した大鎌が即座に“それ”の頭部に深々と突き刺さるも、そもそもの大きさが尋常ではない“それ”はより一層の激しさをもってその場で身悶えただけだった。
だがしかし、それをよしとしない者が二人、この場にはいた。
「―――今だッ!」
「………これが僕の求めた―――“力”だッ!!!」
振り上げられた黄金の剣から湧き上がる膨大な加護。かつて神崎がミルズに放った一撃を凌駕するほどの力の濁流が、今にも決壊してしまいそうなほどに凝縮された力が“それ”に振り下ろされる。
「―――その一撃な万物を灰燼と化す」
それに乗せられたのは、まるで天女の唄のごとき祝詞。
「「個性統合―――【光爆壊炎刃!】」」
二人の合わせ技がそれにぶつかると同時に、小さな山ほどあった巨体が一瞬にしてトーモアの言葉通りに灰塵と化し、風に流されて消えた。
「―――油断するなッ! すぐに次が来る! 体制を整えろ!」
アイリークの声で、安心したような表情を浮かべた二人が体制を整えるよりも早く、立っていることもままならないような巨大な自身が三人を襲った。
「―――チッ、さすがにこの数は予想外だぜ……」
苦虫をかみつぶしたような表情のアイリークの眼前には先ほどの巨大な化け物が70程地面から顔を覗かせ、そしてその先頭には……
「化け物……なんてちゃちな言葉じゃ片付けられそうにねえな」
周囲の怪物より二回りは大きく、そして漆黒の肌を持つ巨大な―――鮫。
そもそも地面から出てくる辺りおかしなことだが、これだけの質量が移動しているのに今まで振動さえなかった。
だからこそ、これらは例外中の例外、古代種と呼ばれているのだろう。
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