第271話 替え玉じゃなくてお替りって言いがち

「なあ、あんちゃん、明日暇だったりするかい?」


「生憎と男とデートする趣味は持ち合わせちゃいねえんで」


「ちがうちがう、仕事だよ。それもかなりデカい山だ。今のあいつらじゃ少し不安が残るが、あんちゃんがいてくれりゃ百人力だ」


「おいおい、酒の飲み過ぎでおかしくなったんですかこのやろう。こんな雑魚カス捕まえて何言っちゃってんのオタク」


「ははは、本当の雑魚カスならあんなところに一人じゃいねえし、魔物の生態を利用した罠も作れないだろ。何よりあの穴の中にあった武器はどれも一級品のもんだった」


 うっわーこれ面倒なタイプだ。

 しっかりと経験を積んで、しっかりと情報を集めるタイプの。


「ヤダよ。身元不詳のおっさんと、聖女の一人と、光の戦士と一緒に行動するとか俺が霞むじゃねえか」


 それだけ言ってカウンターに金を置く。

 これ以上この男に情報を開示するのは得策じゃない。

 

 今はただの気が良いおっさんかもしれないが、いつ敵になるかわからないしな。


 背後からは少しだけ残念そうな声と共に、何故かどこか楽し気な笑い声が聞こえてきた気がするが、どうか勘違いであってほしいと切に願いながら店を後にした。


 脳裏を過るのは先ほどの占い師の女が言った言葉だ。どうやら既に俺は面倒ごとの渦中にいるのかもしれない。


「あーやだやだ。面倒事ってのはどうしてこう夏場のコバエ並みにすぐに沸いてくるのかしら」


 そんな事を言いながら宿に入り、適当に体を拭き上げて眠りについた。


 どうか目が覚めたら美少女100人のハーレムに囲まれていますように。

 まあ、結局翌朝目が覚めてもいつも通りの目覚めで何も変わらなかったんだが、無駄に早起きしたことにも当然意味はある。

 足早に日中に訪れた薬屋に赴き、気だるげな態度をこれでもかとアピールしてくるホットパンツからとりあえずいくらかの回復薬を受け取り、次に目指したのは………


「すんませーん」


 ギルドだ。ギルドの中にある販売ブース。そこで売られている様々な素材を買い集めるためにここにわざわざ来たわけだ。


「んだよこんな朝っぱらから………」


 ギルド内の照明の光を乱反射させながら現れたのは、スキンヘッドのイカつい男だった。


「ちょいとここに書かれてるもんを用意して欲しいんだが」


 俺の取り出したメモ用紙を見たスキンヘッドの男は一度目を丸く見開いた後、こちらに視線を送って来た。


「兄ちゃん………アンタ………」


 そこで俺が取り出した紙がエルフの里に行った際にこっそりと仕入れておいたエルフしかいないポールダンスの優待券だったことに気が付いてしまった。

 

 おっさんとの間になんとも言えない気まずい空気が流れる。


「………いい趣味だと思うぜ?」


「黙れハゲ。そしてなんかごめん」


「まぁ、その、いいってことよ………」


 そんな感じで愉快な会話をしながら、本来渡すはずだったメモをおっさんに渡し、注文の品が揃うまで実はさっきからうるさかった叡智の書にサラダ油を飛ばして時間を潰した。

 1時間もしないうちにおっさんは巨大な袋を抱えて帰ってきた。


「ようサンタさん。出勤日はまだまだ先のはずだぞ?」


「誰がサンタだ………アンタが頼んだもんじゃねえか………」


 実はこの世界、クリスマスもバレンタインも正月もハロウィンもある。何故かというと、昔の勇者共が勝手に広めたのが始まりだ。

 とりあえず、そんなリア充しか得をしないようなイベントを布教しやがった過去の勇者共はいつかタイムマシンを作ったら皆殺しにしてやろうと思う。


「カードでいいかい?」


「あいよ」


 ギルドカードは便利な物で、デビットカードみたいな機能を搭載している。これまた過去の勇者がマキナと結託して作った技術だ。便利な物だけ残してりゃ素直に感謝できたんだけどね。


 その後荷物を生体魔具で換装して宿に一度戻った。

 それから諸々の準備が整ったのはだいぶ時間がたった後で、その頃には太陽がてっぺんを超えて、若干傾いているくらいの時間だった。


「さてと………そろそろ行くとしようかね」


 鼻歌交じりに外壁の方にむかって歩みを進める中、そう言えば今日はギルドにあの女の受付嬢ではなくおっさんがいたことを思い出して一度その場で足を止め、ギルドに振り返ってしまった。


「―――気のせいであってくれたらいいんだけどな」


 面倒事は次から次へと増えていくわけだが、まあ今更そんな事言ったって仕方がないし、どうしようもない。

 今できるのは俺のことを路地の陰から見ている変態さんに事情を聴くことくらいかね。


「―――占って欲しい」


「何をしようと無駄です。あなたの運命は変わりません」


「俺のことは俺が決めるからいいんだよ。だけど世の中には自分のことも決められねえ奴が、自分のことを決めようとしねえ奴が意外といやがるんだわ。だからちょいとそいつの未来を見てくれねえか?」


「―――死ですよ………今この街にいる全ての存在の未来が消え失せています………私も、あなたも、いつも来るギルドの人達も皆みんなそうでした………もう全て手遅れになってしまったんです」


「じゃあどうしてそうなることが分かってたお前がここに残ったんだよ。どうしてあの女だけいなくなるように差し向けたんだ?」


 あてずっぽうも良いところだけど、俺の勘はあんまり外れないような気がしないでもないことで有名だ。

 だから恐らくこの勘は当たってる。


「お前が避難させたんだろ? あの受付の女」


「―――そうですよ。私が彼女を逃がしました。彼女だけは、私の力を知っても平等に接してくれた、たった一人の友人だったから………」


「………くだらね。お前の力なんて実際そうでもねえよ。俺と比べれば天と地ほども差があるけど、お前程度の能力でなに悲劇のヒロイン気取ってんだよ」


 もっと悲劇のヒロインに相応しい女は、いつも気丈に振舞ってた。

 自分の個性で、赤ん坊の頃に母親を殺した女はそれでも強く生きてた。

 最期の時までいつも通り偉そうに、高飛車に俺に命令してきやがったんだ。


「助けが欲しけりゃそう言えばいいじゃねえか。生憎と今のところ俺は暇だし、丁度近くにいるからよ」


「………無駄なんですよ! 死の運命からは何物も逃れられない! 既にあなたの未来は、私達の運命は永劫の闇に閉ざされたんです! 今更あなたのような、何の力も持たない人が………カッコつけようとしないでくださいッ!!!」


 泣きわめくよにそう言った占い師の女。

 今までの落ち着いた姿からは想像も出来ない豹変に、おそらくいつかこういう日が来るという事は前から予想していたんじゃないだろうかと思う。


「わかってたのなら、どうしてもっと早く行動しなかったんだ?」


「………知りません………いきなり、本来はもっと準備をして迎え撃つはずだったのに、いきなり早まったんです………こんなこと今まで一度だってなかったのに………」


「そうか。じゃあ俺のせいだな。俺が来たから早まった。そう言うことだろ? 間違いようがないくらいに俺のせいだ。だから俺が責任もってテメエも、テメエの守りたい女も、何もかも守ってや―――」


 そこまで言って、俺の頬は強かに打ち付けられた。

 決して避けられなかったわけではない。だけど、その平手にどれだけの気持ちが乗っていたかわかっちまったから………つい食らってみたくなっちまった。


「………どうして、どうして逃げてくれないんですか………ここまで言われて………ここまでされて………もしかしたら、奇跡があるのなら………あなただけでも助かるかもと、そう思って私は………っ!」


「奇跡を祈るのなら神にじゃなく、俺に祈るんだな。安心しとけ。こう見えて俺は近所じゃ仏のユーリさんと呼ばれてる。仏も神みたいなもんだろ? だったら俺に祈った方が御利益ありそうじゃない?」


 仏教徒の皆様適当なこと言ってごめんなさいと内心で深々と陳謝しつつ、泣きながらローブの裾を握る女に背中を向ける。


「お前を狙ってるストーカー野郎をぶっ飛ばして、今度こそ俺の未来の嫁ちゃんを占わせてやる。だから覚悟して待ってな」


「あ、あなただって………私の大事な………」

 

 そう言えば俺もあいつの力を知っても何もしようと思わなかったっけ? 

 まあそんな事どうでもいいや。


「“これ”サンキューな。気合入ったわ」


 叩かれた頬を指さしたあと、左手のクロスボウからパイルを射出し、俺は目的の場所に向かって移動を開始した。

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