第270話 男が一人でパンケーキ頼むのがそんなに珍しいか?

 店を出たころには既に日が傾き、街並みが茜色に彩られていた。

 今まではガキンチョがいたり、小うるさいのがいたりで酒もシガーもそこまでやっちゃいなかったが、こういう日には少しだけそう言った嗜好品に手を伸ばしたくなる。


 まあその前に、俺に熱い視線を送ってくるユーラー(今命名。センスには触れるな)の女子に声をかけないといけない訳だけど。


「よう占い師。未来の俺もちゃんとイケメンか?」


「はぁ………」


 気さくに声をかけてやったってのにコイツため息吐き出しやがった。

 何て失礼な野郎だ。いやまて、そうじゃないな。きっと。


「照れるなよ」


「………」


 なんだか今度はぎょっとした目で見られた後に、汚物でも見る様な視線が飛んできた。 

 相当には恥ずかしがり屋さんみたいだな。


「………いいですね。自分がどうなるかも知らずそこまで呑気に振舞えて」


「生憎と俺の未来はハーレム王一択で決定してるんでね。他の事なんざ昨日の晩飯の献立くらいに興味がねえことだ」


 そう返してやれば、日中に見かけた占い師の女は再び深いため息を吐き出し、かぶりを振った。


「あなたがハーレム王になることはありません。なぜならあなたの未来は―――」


「あぁ、どうせ死ぬとか言うんだろ? まあ何とかなるって。いつもそうだったし」


「………そう言えるのは今日までです。明日、明日になったらあなたは必ず死ぬ。いいえ、ひょっとすると私と別れた後にあなたはすぐに死んでもおかしくはない」


「それはお得意の占いか? それとも―――“未来視”の力で見たものか?」


「―――っ!?」


 おお、驚いてら。まあ“普通”は占いも未来視も区別する必要ないんだけどね。

 だけど、常に周囲に気を配って何か面倒事があれば即回避行動をとらないと面倒ごとのバーゲンセールになるユーリさんの目はごまかせないんだ。


「いつ、気が付いたのですか」


「あの嘘くさい呪文を聞いた時かな」


「………それで? 私のことを権力者にでも売り渡しますか? そうすればあなたは死ぬときまで愉悦の限りを尽くした生活をできるくらいのお金が手に入りますよ」


「は、ヤダよそんなの。それより俺の未来の奥さん見てよ。何人いる? 子供はどれくらい?」


「あなたに未来なんかありません。今から一寸先さえも見通せないまでの濃厚な死が渦巻いてます。未来の無い人間は遠からず死にます。あなたの場合、今すぐ死んだとしても何も不思議ではない。ですが、私自身の未来が見えている現状、私はまだ死ぬことはない。つまりこの場で何か強大な悪が訪れることはないという事です」


 そう言った占い師はさっと俺から視線を外し、再びため息を吐き出した。


「私は何をムキになっているのでしょうか。あなたのような“死人”にもう何を言っても仕方がないというのに」


「それでも―――あんたはそれを知らせるためにここにいてくれたんだろ? 理由は分からんけど、とりあえずサンキューな。もしまた会えたら俺のハーレムに入れてあげるよ」


 あぁ、それと。


「貸し借りは作らない主義なんでね。何か困ったことがあったら呼んでちょ。その時丁度暇で、近くに居たら、たぶん助けに来るから」


 その場に立ち尽くす占い師にそう声をかけ、俺は当初の目的だった酒場に顔を出した。

 クラシックの流れる店内には一枚板のカウンターがあり、その奥では店員がグラスを拭き上げながらいぶかしげな表情で証明にグラスをかざしたりしてる。

 

「ここ、いいかい」


 先にカウンター席に座っていたやつの隣に声をかけ、椅子を引く。


「好きにすりゃいいさ」


「そりゃど―――………」


「「あ」」


 まさかの先に座っていたのは道中置いて行った冒険者のモヒカンだった。

 いやいや、ついこの前まで雑草喰って生活してたくせして何してんのよ。


「なんであの時俺達のこと置いてったんだ」


「面倒そうな気配がしたから。それにあんたの得体もしれないし」


「………それもそうか。まあここにはあの二人は来てないから話してもいいだろう………実は俺の正体は………」


 ごくりと、つい勿体ぶられたもんだから生唾を飲み込んじまった。

 店内のBGMだけが耳に入る一瞬の静寂が訪れた。


「―――注文は? 冷やかしなら帰れ」


 この静寂を破ったのは当たり前ながら店員さんでした。

 いやほんとごめんなさい。


「えっと、とりあえずバークレーの方の香りのきついやつ」


 注文を受け取った店員さんは一度鼻を鳴らすと同時に口のすぼんだグラスを取りだし、そこに琥珀色の液体を注いだ。


「あー、ところでアンタの正体だっけ?」


「いや、もういい。なんだか話す空気でもなくなっちまったしな」


「そうかいそうかい。まあどちらにしても―――ロスマンズの“光の戦士”のお守りを任されるくらいだから相当凄い奴なんだろうねあんたは」


 差し出されたグラスから立ち上る香りを楽しみながら、一口、口に含めば、しびれるようなピートの香りの後にほのかに香る磯のような香りが鼻から抜ける。

 

 お、こいつは上等じゃないの。


 隣で目を丸くしてるおっさんをしり目に、出された酒を楽しむ。

 


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