第261話 忘れ物はありませんか? ほんとに? ちゃんと確認はした?
「さてと、おいそこのボウズ」
今の絶技を見せられ、友綱は目を見開き、震えだす手を必死に抑えているのが分かった。
恐れているんだ。だけどそれ以上に強く、惹かれたんだろう。
悔しいな。あんなの見せられたら今の友綱はきっと………
「テメエ、勇者だろ。そのくせして糞雑魚とか、本当に気にくわねえこと思い出しちまうからよ………」
戦いの余韻を孕む鋭い視線が友綱を貫いた。
隣に座り込んでいる友綱が固唾を飲む音がアタシにまで聞こえてきた気がした。
「強くしてやる。それも常識も非常識もぶっ壊せるレベルにな」
刃を向けられただけで、その先に込められた思いを感じるだけで全身が小刻みに震えだした。
何なんだろうこの感情………怒り? 恐怖? それとも………焦り?
「どうして………」
蚊の鳴くような声でそう返した友綱に対して、スコシア様が一度大きな舌打ちをしながらつぶやいた。
「むかつく無能がいるんだよ。誇り高いラングスの戦闘民族を地に落として、自分はそのままどっか消えちまったクソッたれな無能がな。アタシはその無能をたたっ斬ってやりてえんだ。ラングスには邪龍を打ち取った大英雄の名も、千の武器を操る男の名も要らねえ。必要なのはラングスの名だけだ。それを奪ったあの野郎をいつかアタシは超えて見せる。だけど立場ってもんを押し付けられちまったせいでそれが出来ねえんだ。だからテメエ。アタシの代わりにその馬鹿たたっ斬れ」
今までユーリんの話をたくさん聞いた。そのどれもが伝説になってまるで本物の英雄みたいに語られていた。
だけどこの人はそうじゃない。建前なんかじゃなく、本気でユーリンを恨んで、殺そうとしてるのがひしひしと伝わってくる……。
全部の人のヒーローなんて物は存在しなくて、やっぱり味方がいれば敵がいる様に、ユーリんの歩んだ道には仲間がいて、そして同時に敵もいたんだと再認識させられた。
「どうしてあなたはそこまでその無能を恨んでるの?」
つい、口からそんな言葉が零れ出してしまった。
「―――力ってのはな、勝ち取ったものと、元から持ってるものに分けられる。だからこそ、それに見合う権利が与えられんだ。だけど、何の力もねえ野郎が、何の力も持たねえまま、力ある者を超えた場合、強者の権利は消え失せる。生まれ持った手足がもがれるように、血のにじむ努力の末に勝ち取った勝利が偽物だったみてえに、その無能は強者を否定する。強者の権利を全て否定しちまう。そんなもんをアタシは許しておけねえ。ただそれだけのことだ」
弱者のまま強者を超え、偉業を成した千器。その姿は多くの民に希望と勇気を与えた。だけど、それでもここに確かに一人、その姿に絶望し、恐怖した人がいたんだ。
全てを救ってきたと思っていた存在が、憧れであり続けるかに思えた存在が今この時、アタシの中で音を立てて崩れ去った。
あの人は、全てを救えるような力はない。そんな事は知っていたのに、だけどどこか本当は―――そんな期待をしてしまっていた。
だから、スコシア様の言葉はどれも新鮮で、そしてどれも痛烈だった。
「強者にゃ強者の責務がある。雑魚が出しゃばってそれを奪うんじゃねえって、このクソッたれな家名と共に叩きつけてやりてえんだ」
自身の胸を苦しそうに握りながらそう語ったスコシア様。
その姿に僅かに友綱の視線が揺れたのが分かった。
「俺を強くしてください。俺も、これ以上“アイツ”に頼るつもりはないんで。これ以上俺より弱い奴に守られるなんて嫌なんで。これ以上、肩を並べたい奴に置いて行かれるのなんか、絶対に嫌なんで」
友綱もボロボロのまま刃を抜き放ち、それをスコシア様に向けた。
その動作に再び獰猛な肉食動物のような笑みを浮かべたスコシア様。
スコシア様はゆっくりとした足取りで、まるで凱旋と見まがう程の堂々たる足取りで友綱の差し出した切っ先の前まで行き、そしてそれを素手のまま握りしめた。
「啖呵にしちゃちょいと女々しいが、まあそれでもその心意気だけは買ってやらねえこともねえ。そこのおっぱい、テメエはどうする。死ぬ程きついし、ほんとにぶっ殺しちまうかもしれねえが、たえられりゃ間違いなく強くなれる道と、このまま雑魚なりに雑魚な努力を重ねる道のどっちを選ぶよ」
そんなものはもう決まってる。
アタシだって、もう嫌なんだ。
全てが終わった後に声をあげるのは。
次は、次こそはアタシも誰かを守れる立場に。もう安全なところから声をあげるだけなんてくそくらえなんだ!
「ドレスアップ――――」
「十二天剣に師事を仰ぐとか、世の剣士が泣きながら羨むだろうなっ! まあそんな有象無象知ったこっちゃねえが、てめえら二人とも、このアタシが責任もって最強の剣士にしてやっから期待して待ってやがれ」
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