第260話 生まれついての権利

 白目で目の前に落ちてきた男を蹴飛ばしたスコシア様。

 しかし、その瞬間目の前に友綱と戦っていたはずの男が突如現れ、その凶刃を振るった。


「―――あッ?」


 首めがけて振るわれた刃を“噛み千切り”ながら、何か逆鱗に触れられでもしたような声をあげたスコシア様。


 目の前の男も目を見開き、自身の手元にある歯形状にくっきりと繰り抜かれた刃に一度目を落とし、何かを察したのか慌てたようにその場から退避した。


「てめえそれ―――」


 そう言おうとした矢先、再び男の姿が掻き消え、スコシア様の背後に現れた。


「その力、危険すぎるッ!」


 再び振るわれる刃。だけどそれがスコシア様に届くことはなかった。


「―――やれやれ、やっとギアが上がってきたってのに、いきなりシカトとかちょっと酷くねえか?」


 スコシア様と男の間に割り込んだボロボロの友綱がニヤリと口角を釣り上げた。


「邪魔だボケ」


「ほべっ!?」

 

 格好良くスコシア様を助けに入ったはずの友綱の頭にスコシア様の拳骨が降り注ぎ、友綱の体が地面に埋まっちゃった。

 って、何してんですかスコシア様…………


「邪魔すんじゃねえ糞ガキ。アタシはそこのやつに話があんだ」


 ドレスから覗く陶器のような美しさを放つ腕をぐるぐると回しながら、肩を鳴らし、端正な作りの顔を凶悪に歪めたスコシア様が再びあの男の前に出た。


 それと同時に向こうのボスもこの戦いに参加するためにこちらに歩み寄ってきた。


 三対二の構図だけど、実質友綱は既に戦闘不能だし、アタシも殆ど力が起こっていない。

 このままじゃやばいかも、そう思った時、アタシの隣にいたトミントゥールさんが声をかけてきた。


「こうなった以上我々にできることはいち早く避難することだけです。これから起こるのは戦いではなく…………蹂躙です」


 そう言っていそいそと逃げ始めたトミントゥールさんに続くように、掘れたての友綱を引き摺ってアタシも後方に移動させられた。


 スコシア様の強さがあまり感じ取れないし、あのボスの男からはすごい力を感じちゃう。


 本当にスコシア様一人で大丈夫なのかな。


「心配は無用です。スコシア様の母君………正確に言えばスコシア様達ラングスの戦闘民族は大英雄フェイマス・グラウスと共に戦場を駆け抜けた部族であり、その戦闘能力の高さから、かの千器より“人間凶器”と言う異名を授けられたほどです」


 …………ユーリん…………それ悪口じゃん……。


「危険すぎる種族。一度戦いを始めれば戦闘の蠱惑に魅了され、しばしの間こちらに帰ってくることはない…………だからこその依頼だったのですが、まさかこのレベルの敵に出くわすことは想像していませんでした………せっかくスコシア様が戦いたがらないぎりぎりのレベルの冒険者を雇い入れたというのに…………」



 あ、だからこそパーティーの参加条件があったのか。



 そんな事を思いながら、アタシは改めてスコシア様に視線を送れば、それと同時にあの奇怪な移動をする男が再びスコシア様に迫り、その背後でボスと呼ばれた男が長剣を構えた。


 そしてアタシは、この世界に来て初めて、理解が追い付かない超常に出くわした。


「―――その攻撃、最っ高に気にくわねえぜおい」


「―――は?」


 アタシが理解できたことは少ない。

 まず、男が踏み込んだ。そして次の瞬間に、踏み込みの勢いを殺しきれなかった男の胴体がスコシア様の背後でつまずいた様に派手に転んだ。

 それを見たスコシア様と、その手の中にある男の首が声を発した。


 そう。アタシが理解できたことはこれだけ。だけど、おそらくあの男の人はそんなアタシよりも、もっと少ない情報、それこそ自分が死んでいるという情報さえ得ることなく胴体と首が分かたれたのだろう。


「―――んだよ外れじゃねえか」


 そう言って男の頭を握りつぶしたスコシア様は頬に飛び散った男の血を手の甲で拭いながら再び獰猛な笑みを浮かべた。


「―――てめえ強ぇだろ? 今の見ても微塵も動揺しちゃいねえ」


「………俺の名前はパンペロ。元傭兵で、弟を探して旅をしている者だ。あなたの名前を聞いても?」


「パンペロ……あぁ、東方の邪鬼の片割れじゃねえか。戦場で百戦錬磨の活躍をしてた売れっ子の傭兵がどうして盗賊なんかに落ちちまったんだか」


「俺の話はいい。それよりもあなたの名を聞かせてくれないか? せめて死にゆくこの身。最後に戦った強者の名を知らぬままでは死ぬに死に切れぬ」


 ボスと呼ばれてた人……パンペロさんはそう言って静かに剣を構えた。


「アタシはスコシア。気にくわねえ家名を捨てた無礼者だ」


「―――あなたがスコシアであったか。暴虐姫スコシア。我が生涯最後の相手があなたのような傑物であるならば、我が弟もきっと迎えに行かずとも許してくれよう」


「胸貸してやっからせいぜい華々しく…………死ねや!」


 二人が地面を蹴ったのは同時だった。

 だけど、二人が衝突したのは中央ではなく、パンペロさんの少し前。

 この距離がまさしく力の差。そうとでも言いたげにスコシア様は嬌声にも似た笑いを漏らした。


「―――我が弟は傲慢だった。慢心していたと言っても過言ではない。だが、それでもこの俺よりも強かった」


「そうかいそうかい。そりゃ戦ってみてえもんだな」


 剣戟の応酬に対し、生身の拳でそれを迎え撃つスコシア様。剣と拳がぶつかる音とは思えないような甲高い音が周囲に断続的に響く。

 そんな中であっても、男は満ちたりた顔で、女は凶悪な笑みを浮かべていた。


「おおよそ人間に備わるはずの無い力を体質として会得した選ばれし人間―――特異体質者であったのだ。そもそも俺が敵うはずもなかったがな」


 振り下ろされたパンペロさんの刃の側面を拳で叩き、そのまま腰の回転を利用した回し蹴りがパンペロさんの側頭部を狙うが、それを身をかがめて回避し、今度は逆に低い姿勢のスコシア様の足を払おうとするも、その足がスコシア様に上から殴られ、関節とは関係の無いところから豪快に折れ曲がった。


「―――選ばれし人間だとか、かなうはずないとか、そーゆーのアタシは大っ嫌いなんだよ。だってそうだろ? なんの力もねえ無能が、なんの脅威も感じねえ蟻んこが、大国の一師団を壊滅させた部族を従えちまったのなら、それはその無能があたかも選ばれた奴みてえに感じちまうじゃねえか。そんな事はねえんだよ。アタシやテメエ、後ろのガキ共みてえに”生まれながらの強者”は力に見合う権利を得るはずなんだ。それなのによ、何の力も持たねえ野郎が、その垣根を超えたってのに、アタシらがそれを超えられねえんだとすりゃよ―――」


 ひしゃげた足に眉を顰めるも、歯を食いしばり、一瞬で足を回復させた男が、個性を解き放った。


「選ばれし者は存在するッ! 超えられない壁は確かにそこに存在しているッ! だからこそ、俺はその壁に、一太刀亀裂を刻むためこの生涯を捧げよう! 個性―――【オーバーソウル】」


 パンペロさんからあふれ出す加護の量が桁違いに膨らみ、周囲に充満していくのが分かる。

 これだけ離れた場所に居るのに胸が苦しくって、息がしにくいと感じちゃうほどの膨大な加護……。


「この一撃は俺の殺した者達の執念だッ! この剣に吸い込まれた者たちの力の結晶だ! 非才な者たちの嘆きの結晶だ!!!」


 振り下ろされる刃に対し、スコシア様は腰を落とし、小さく、そして鋭く息を吐きだした。


「―――アタシらは、そんな無能以下じゃねえ」


 今までのような笑みを浮かべた顔ではなく、どこまでも冷酷で、冷え切った表情を浮かべたスコシア様の一撃。

 それは先ほどまでの拳の一撃ではなく、彼女本来の獲物を使った一撃だった。


「褒めてやるよ。このアタシに“コイツ”を使わせたこと。それに、十二天剣に数えられるこのアタシの体に“切り傷”を作ったことをな」


 決着は一瞬だった。


 大気さえ絡めとるような一撃を放ったパンペロさんの一撃を、スコシア様はただの横薙ぎで粉砕し、そしてその斬撃は―――


「大儀であった。剣の頂に坐するこの滅剣に傷を負わせたその技。その執念。しかとこのに刻み込んだ。だから―――華々しく死ね」



 残されたのは、大地を彩る深紅の大華だけだった。



 







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