第259話 井の中の蛙、胃の中の蛙を憐れむ
嘘だ………あの一撃を受けてまともに動けるはず………それに、ほとんど怪我だってしてない………。
一体どういう……。
「お前の個性はかなり危険だ。能力も何もかも着る服によって変わるって感じの個性なんだろ? そんなん一人でいくつも個性持っているようなもんじゃねえか。強くなる前に始末出来て本当に俺はラッキーだぜ。まあ、お前さんが俺の嫁になってくれるってんならまた話は変わるんだけど、生憎とお前さんにその気はない見てえだしな」
そう言うや否や、一足飛びに彼我の差を潰した男は片方の剣を振り上げ、私に打ち付けてくる。
それを全力で振り払って体制を整える時間を稼ごうとしたけど、まさかのその一撃はフェイク。
豪快に空振りをしたアタシの隙だらけの胴体に男の体重の乗せられ猛りが突き刺さり、アタシの体がくの字に折れ曲がった。
「考え直しちゃくれねえか? お前さんの顔はわりと好みの作りなんだ。それにその諦めえね心も大したもんじゃねえか。こんなところで 死んじまうにはもったいねえと思うぜ?」
きっと今のは警告なんだ。
本当なら剣の一突きで殺せたはずなのに、それでも殺さなかったのは、いつでも殺せるという脅し。それと、本気でこの人はアタシのことを欲しがっている証明。
今の一撃で全身の力が霧散しちゃって、もう立ち上がることもできない。
目の前からゆっくりと歩いてくる男と視線がぶつかった瞬間、立ち上がるどころか、動くこともままならない恐怖が全身に駆け抜けた。
蛇に睨まれたカエル。そんな表現がぴったりの現状。
ここまでの身に迫る恐怖を今まで体験したことはなかった。
今までもピンチは沢山あったけど、そん時はユーリんとか刀矢とか、友綱が守ってくれた。
だけど今はそうじゃない。
誰も守ってくれない。誰も助けてくれない。
前に団長さんが言ってた話が脳裏を過る。
―――女は戦場で負けてはいけない。女だからこそ負けられないのだ。
負ければ死ねる男と違い、女はその尊厳全てを踏みにじられ、知りもしない男の子を愛さなくてはならなくなる。
だからこそ、戦場に立つ女と言うのは勝つか、一思いに死ぬしかないのだ。死ぬことはあっても負けることはあってはならないのだ。
いやな汗が……流れた。その時だった。
「―――へぇ。ボウズ。そんな弱っちいくせして、いっちょ前のことほざきやがるじゃねえの。んじゃあよ……今度はお姉さんと遊んじゃくれねえか?」
背後からトミントゥールさんの小さな悲鳴のすぐ後に聞こえた声。
その女性はパレオにドレスと言った、おおよそ戦場に立つには相応しくない恰好をしていた。
「誰だてめ―――」
眉を吊り上げた男が言えたのはそこまでだった。
「口のきき方に気を付けなボウズ。惚れた女を力でどうこうしようとしてる三下が、このアタシに偉そうな口を利くんじゃねえよ」
恐らくは殴られたのだろう。アタシがこのドレスで全力で剣を振るった時の数倍の速度を持って、背後に構える大男に向かって吹き飛ばされた男。
ボスと呼ばれた男は一瞬眉をピクリと動かすも、吹き飛ばされた男を片手で受け止め、その場に下ろして見せた。
「ほうほう。自分に対する衝撃を操作する個性ってところか。まあだからどうしたって感じだけど」
受け止められた男はボスに謝罪と会釈をすると同時に、こめかみに血管を浮き立たせながら再びこちらに視線を送って来た。
「なんだテメエ。どっから沸いてきやがった」
「なんだとはずいぶんな物言いじゃねえかボウズ。テメエらがアタシの商隊を襲ったくせしてよ」
その言葉と同時に、アタシの隣にこの世の終わりのような表情を浮かべたトミントゥールさんが現れた。
頬に巨大な腫物を作っているアタリ、あの女性は―――歓楽都市セーラムの領主、スコシアなのだろう。
「あぁ、もうおしまいです…………あの人が暴れたらこの辺り一帯焼け野原だ…………」
そんな事を言いながら頭を抱えるトミントゥールさん。
その前ではスコシア様が太々しい笑みを浮かべながら手をクイクイっとやっている。
「きっちりと落とし前つけさせてやっから、さっさとかかってこい三下ァ!」
「はっ! 俺の個性を知ってもその余裕…………いい度胸じゃねえかっ!」
確かスコシア様曰く、自身に対する衝撃を操作する個性………殴られてもその衝撃を無効化できるし、斬られたとしても斬撃の衝撃を無効化すれば切り裂かれる事さえない。
正直そんな物をどうしたらいいのか全く分からない。
自慢の身体能力でスコシア様の懐に潜った男が凶刃を振るう。
だけどスコシア様はそれを余裕の表情で見たまま動こうともしない。
「―――んだこのなまくら。こんなもんでこのアタシに傷を付けようとしたってのか? 随分と舐められたもんじゃねえか」
その声が聞こえた瞬間、踏み込んだ男の体が不自然な軌道で上空に浮かび上がり、それを成したであろうスコシア様の手には、男の振るった剣が二本ともつまむような形で持たれていた。
「話にならねえよ雑魚」
落ちてきた男は白目を向き、口からは少なくない血を吐き出していた。
衝撃を無効化できるはずなのに、一体どういうことなのだろうか。
「んあ? そこのおっぱい。なんだか不思議そうな顔してやがんな」
「おっぱっ!? い、いやだってその人衝撃を無効化できるって……」
「あぁ、そうだな。確かに無効化は出来てるんじゃねえの? まあだけど、所詮“一つの衝撃”を無効化しかできない程度のカス個性だけどな。でなけりゃお前さんに吹っとばされた時に“いててて”なんて言わねえし、そもそも吹っ飛ぶことさえなかっただろうよ。だから地面に向けて全力でぶん殴った。殴られて死ぬか、地面にたたきつけられて戦闘不能になるかの二択にしてやったってだけさ」
―――殴られた瞬間の衝撃は相殺できても、そのあと振り切った衝撃は消せてねぇってこったな。
スコシア様はそう言って犬歯を見せるようにニカッと笑った。
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