第256話 慣れとは薬であり毒でもある

 今の声で周囲が一斉に騒がしくなった。その声に反応するように坂下の瞳が鋭くなり、須鴨さんも手元に杖を手繰り寄せた。


 アイコンタクトで準備が整ったことを理解し、俺達はすぐさま外に飛び出した。

 確かトミントゥールさんの話しでは領主を戦わせるなとのことだった。


 言い回しに少し違和感を感じるけど、要するに守ればいいってことだろ。


 馬車の外に出ると、既に戦いは始まっていたようで、決して山賊には見えない装備をした連中が馬車をぐるりと取り囲み、こちらの動きに警戒をしていた。

 一目でわかる。あの連中は普通に強い。


「坂下は俺と前に出るぞ! 須鴨さんは馬車付近で後方支援! けが人もそこに運ばせる!」


「りょーかい!」


「はい! わかりました!」


 須鴨さんは後方で俺達にバフを与えつつ、周囲に結界を構築し始めた。

 この結界がなかなかの曲者であり、一度展開すると術者が解除するまでその場に結界を構築してくれる。さらに結界は自動修復までついているという鬼畜仕様だ。 

 発動時にそれなりの魔力を持っていかれるそうだが、それでも既存の魔法障壁なんかとは比べ物にならない強度を誇り、一度発動さえすればそれ以降の魔力消費もないとか、本当にぶっ飛んだ代物だ。


 これを須鴨さんに預けたのは言わずともがな、あの大塚だ。


 俺と坂下は前線に走りながら、最も劣勢な場所に向けて足を進めていく。

 三人の強力な加護を放つ男たちがいる場所がもっとも劣勢と言うか、既にその場は壊滅寸前であった。

 俺と坂下は迷わずそこに足を進め、近付き様に一閃を放った。


「この力―――貴様ら英雄か」


 俺の不意を突いた一閃を簡単に受け止め、それどころか即座にケリを返してきた男はゆっくりとした動作で足を下ろした。


 切り込んで即座にその場を離れたからこそ蹴りをもらうことはなかったが、今の蹴りは普通に受けていれば決して小さくないダメージを受けていたことが分かる。


 ―――なんだかんだ、同じステージにいる人間英雄とまともに戦うのはこれが初めてだ。

 だからだろうか。今の俺は自分の力がどこまで通用するか心のどこかで楽しみにしてしまっている。


「そう言うあんたらも英雄なんだろ?」


 質問に質問で返してやれば、その男はニヤリと口角をあげ、俺の前にゆっくりと歩みだしてきた。


 盗賊のくせして礼儀正しいじゃないか。


「その若さでその力………相当に努力をしているのだろうが、それでも………俺には勝てない」


「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。戦いなんてのは結局力だけで決まるものじゃないって俺は学んだしな」


「ふっ…………そうか」


 吐き出すように笑みを浮かべた男は一度深く息を吐き出すと同時に一瞬にして俺の目の前に現れた。


 ―――瞬間移動ッ!? いやこれは違う……これは単純な………技術だ!


「ふんッ!」


 振り下ろされる鈍色の凶刃。それを刀でいなし、逆の手に取ったナイフを突き出す。

 一瞬目をも開いた男だが、それでも余裕をもってナイフの一撃を首を倒すだけで回避し、体は既に次なる一撃を放つ準備を整えていた。


「―――荒いッ!」


 一撃目の大上段からの振り下ろしから、二撃目は豪快な切り上げ。

 下から迫りくる刃なんて早々経験することがないためか、一瞬回避か防御で迷ってしまった。

 間一髪のところで再びその剣に刃を添える様にして軌道を逸らし、引き戻した刀を男の胴体目掛け突き出した。


 ―――ガキンッ! と、金属同士がぶつかり合うような音と共に鈍い手応えが帰ってくる。

 それを体感すると同時に、背筋にドッと冷や汗があふれ出した。


「言ったはずだ―――荒いとっ!」


 俺の突き出した刃は男を貫くことなく、男の刃は俺の首を胴体から切断せんと迫ってくる。


「―――ま、だだぁあああ!!!」


 使わないだろうと思っていたが、過去の経験ハングブチャー戦から、持ち歩いていたハンドトマホークを抜き取り、男の剣を全力でかちあげた。


「これで終わりだッ!!!」


 がら空きとなった胴体に全力の一刀を打ち込むべく刀を握りしめた直後、俺は腹部に強烈な衝撃を受け、須鴨さんの隣辺りまで吹き飛ばされた。


「やはり経験不足だな。それにまだまだ粗さが目立つ。発展途上にしては十分及第点だが、それでは殺し合いになれている相手に勝つことは不可能だ」


 明滅する視界の中そんな声が聞こえてきた。

 頭の上の方からは須鴨さんの小さな悲鳴と、俺を心配するような声。そしてもたらされる癒しの力。


 次第に頭の混乱も意識の混濁も無くなり、体が自由に動くようになってきた。

 だけど、それだけじゃこの力の差はどうしようもない。


「ところで少年。君はどうして個性を使おうとしないんだね」


 その言葉にハッとさせられた。

 立ち上がった俺は手に握られた刀に目を向けそのまま固唾を飲んだ。

 

 忘れていた。戦うための力を。

 失念していた。この世界の“戦い方”という物を。


 そうだ。俺は最初言ったじゃないか。力だけで決まるものじゃないと。

 目の前で実証されたはずだ。実感したはずだ。


 俺の個性はあまり目立たない。技にしたってそこまで派手な物はない。動作も結果も個性の有無にかかわらず同じだ。


 ただ、敵を切り裂く。それだけの個性。


 だからいつの間にか使わない事に慣れていた。

 ただ刀を振り下ろせば終わる戦いに慣れ過ぎてしまっていた。



 ―――あぁ、これが“慢心”か。


 


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