第255話 案の定と書いてテンプレと読む

 手持ち部沙汰のまましばらくその場で待っていると、馬車と呼ぶには些か巨大で豪勢な箱が4頭の馬に引かれながら姿を現せた。

 豪華な装飾が成されている巨大な馬車の背後に、比較対象されでなければ領主が乗るにふさわしいとも思えるような馬車が1台。そしてそのさらに後方に荷物運搬用と思われるカバーの賭けられた一般的な馬車が4台ほど続いていた。


 先頭の馬車の御者をしていたトミントゥールさんが御者台から降りて来て再び腰を深く折った。


「大変お待たせいたしました。こちらが今回護衛をして頂く馬車たちになります。皆様には二番目の馬車に乗っていただき、周囲の監視と有事の際の戦闘を担当していただきます。当然私共の兵にも警戒を任せています」


 マイペースに話を始めた老紳士に対して、ギリギリ正気を保てた俺はなんとか頷いて返すことができた。


 しかし、俺の背後で坂下は口をあんぐりと開き「すっご…領主マジすっご……」などと言っており、隣の須鴨さんに至っては…………


「ふ…ふぇえええぇぇぇぇぇっ!?」


 気でも触れたのかってくらいの奇声をあげていた。


「王都に来るのにみすぼらしい装いでは来られませんので。これは領地の経営が良好であることを見せるためにも必要な事だったのです」


 そうはいっても、さすがにこれはやり過ぎなのでは?

 それにだ。これ程の大所帯でありながら、どうして護衛にB級“程度”を選ぶんだ?

 これだけの資金力があればそれこそもっと高位の英雄や冒険者を雇い入れる事だってかのうなはずだというのに。


「では皆さま早速馬車の方にご移動をお願いいたします」


 ―――少なくとも、今回の依頼には何かありそうだ。




 馬車に揺られること二日が立った。

 この世界に来た初めのころは馬車酔いなんかもしたけど、今ではめっきりそう言ったことはなくなっている。

 それにこれだけ長時間馬車に乗っても尻が痛くならなくもなった。

 

 まあ勇者の力を得て三半規管やそのほかの感覚器官が鍛えられたからかもしれないが、俺達がこの世界に順応していることは間違いない。


「暇」


 そう言ったのは坂下だった。

 いや確かに俺も暇だけどさ、それでも言わないようにしてたんだぞ?


「何か起こるよりはいいだろ」


「そういう事じゃなくてさ」


「そうですよ。こうやって穏やかな旅も今までなかったですし、たまにはいいじゃないですか」



 思い返せばこの世界に来てから様々な問題にぶち当たってきたな。

 初めて王都の外に出た演習では討伐ランク60の怪物に襲われたし、マキナの都でも戦いに巻き込まれて、その後もなんだかすごい事に巻き込まれて………


「ゆーりん大丈夫だよね……」


 …………俺達の中で暗黙の了解と化していた大塚の安否についての話題が出るくらいに、この度は平和だった。


 馬車の進む速度も決して早くはなく、乗馬した兵士たちが周囲を確認しながら進める程のものだった。

 そのせいか本来であればもっと早くついてもおかしくない距離なのにこれだけの時間をかけてしまっている。

 当然夜は進行を辞め、野営をしているが、一向にセーラムの領主様とやらの姿を見たことはない。


「大丈夫……だと信じることしかできないさ」


 正直なことを言えば、俺は大塚があの状況から助かると全く思えなかった。

 加護も寵愛もないあいつが、俺達でも生き残れないような状況で生きていられるはずがない。それに、あれだけの重傷だ。どんな手品を使おうがあの怪我は致命傷にならないギリギリ、それこそ差し迫った命の危険こそないが、放置すれば簡単に死んでしまうような怪我だった。


 それほどまでの怪我を負いながら、アイツはどうしてあの場に残れたのだろうか。性格からしても自己犠牲をするようなタイプではないし、献身的に何かに取り組むような男でもない。


 陰湿な程に計画を立て、悪辣な程に周到に相手を追い詰める。それがアイツ千器の戦い方だと俺は考えていた。


 だからこそ、力がないからといって侮れない相手であり、侮らなにようにしようとも、あの性格によって強引に心の奥深く、自分でも気が付かないレベルで“侮らされてしまう”。それを逆手に取り、それを最も効率的に使うからこそ、英雄や勇者と対等とまではいかないまでも、決して容易に勝てる相手ではなくなっている。

 だけど、所詮は普通の人間なんだ。

 どんなにずる賢くても、どんなに卑怯でも、それでもやっぱりあいつは普通の、この世界のどこにでもいる様な一般的な人間なんだ。


 俺や刀矢、まして会長のような選ばれた力を持っているわけではない。

 だからこそ、アイツはあの状況でどうして残ったのか、俺には分からない。


 一度は忘れようとしていた疑問が再び熱を持ち始めたころ、周囲にいた兵士たちが慌ただしく動き始めたのを感じた。

 そしてその直後、警笛のような笛の音が周囲に響き渡った。


「敵襲―――っ!!!!」






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