第254話 紳士的交渉術
護衛依頼の待ち合わせ場所に向かい、依頼主の老紳士と対面した。
待ち合わせ場所の悠久亭の内装は木目調のシックな作りの物であり、そこで一足先に到着していた彼は手にしていたソーサーとカップを丁寧な所作でテーブルに戻しながら立ち上がり、こちらに行くりと会釈をしてきた。
「お待ちしておりました。今回の依頼を引き受けて下さりありがとうございます」
朗らかな笑みと共に総身が深く折れる。しかしその動作でさえも酷く洗練されていて、まるで一つの劇を見せられているような気分になった。
「ささ、どうぞおかけください」
空いた座席を手で刺され、俺達はそこに腰かけた。
三人横並びで腰かけても問題ない座席を選んでくれていたのだろうか。
体面に再び腰かけた老紳士は白手袋を右手だけ取ると、こちらに手を差し出し、再び柔らかな笑みを浮かべた。
「セーラム領領主、スコシア様の専属執事を仰せつかっておりますトミントゥールと申します。この度は何卒よろしくお願いいたします」
「宮本友綱です。一応このパーティーのリーダーをしています…………っと、ここではトモツナ・ミヤモトの方が良かったですかね」
ぐっと握った手はとても給仕に勤しむ者の手ではなかった。
―――硬い。そして分厚い…………一体どれだけの研鑽を詰めばここまで至るのか、今の俺では想像もできない程に、その手には“戦いの痕跡”が刻まれていた。
握手した手に驚きの表情を浮かべながら、ついついそのまま視線をトミントゥールさんに向ければ、彼は再び穏やかな視線をモノクル越しに向けてきていた。
「まさか我等の依頼をかの高名な勇者様が受けてくださるとは光栄にございます。しかし、むやみやたらと勇者であることを公言するのはあまり関心できませんな。老骨の戯言と切って捨ててくださっても構いませんが」
一度そう区切ったトミントゥールさんは手を離し、手袋を嵌めなおしながら少しだけ鋭くした視線をこちらに送って来た。
「ランバージャックでは確かに勇者信仰が根付いています。しかし、中には英雄信仰、大帝信仰、聖女信仰、山神信仰など、それ以外にも信仰という物は多岐にわたります。信仰の中にも当然派閥があり、別の信仰が根差した地域では争いの元になることも多々あります」
出会って早々に説教をされてしまった…………。
だけど、この人の言っていることは恐らく正しいのだろうとも思う。俺達はこの世界についてあまりにも無知過ぎる。
まあり得意なタイプの人ではないのは確かだが、さっきも言ったようにこれはトミントゥールさんの親切心からくる忠告なのだろう。
「すみません………それと、ありがとうございます。肝に銘じておきます」
「いいえいいえ、こちらこそ出過ぎた真似をしました。さて、そちらのお嬢様方は既に注文を決められているようですし、ミヤモト様もどうぞ注文をお決めください」
自然な流れで話を変えてくれたのは素直にありがたいな。それだけじゃない。坂下も須鴨さんも決めたなどと口にしていないのに、それでもこの老紳士は目ざとくそれを見抜いていたようだ。
「じゃあ俺はコーヒーで」
「アタシはチョコレートラテ! これ見た時から飲みたかったんだよね!」
「えっと、私はキャラメルマキアートでお願いします……」
俺達が各々の注文したいものを口に出した瞬間に丁度店員がこちらにやって来て、それらの注文は俺達の口ではなく、トミントゥールさんの口から店員に告げられた。
「では、注文が来てからお話しの続きと行きましょうか。それまでは、そちらのお嬢様方の自己紹介でも聞かせてください」
しっかりと整えられた白髪に、穏やかな物腰、それでいて高い観察眼。これほどの人であれば若いころは相当にモテたのではないだろうか。ついつい男の俺でさえその所作に羨望の念を抱いてしまう。
その後二人の自己紹介が終わり、トミントゥールさんのことを坂下がトミさんと呼び始めたのを、若干表情をこわばらせたトミントゥールさんが「親しい方々からは”トゥール”と呼ばれているんですよ」と鮮やかな誘導を行ったあたりで皆の注文が出そろった。
「さて、本題に入りたいと思いますが…………あまり話すことはありません。依頼書に書いてあったことをして頂くだけですので」
そう言ったトミントゥールさんが口元に運んでいたカップを再びソーサーの上のもどしたさいに、視線が鋭くなる。
「しかし…………これだけは必ず守ってほしいのですが、決してスコシア様を”戦わせてはいけません”。これだけは何があっても守っていただきたい」
今までの様子からは考えられない程に真剣な雰囲気を醸し出しながらそう言ったトミントゥールさん。
白髪の老紳士は、再程までの好々爺の姿から一瞬にして歴戦の戦士のような存在に変貌を遂げた。
「理由をお聞きしても?」
「…………申し訳ございません。戦わせることと同じように、理由を話すこともできません。もしお気に召さないようでしたら今回の依頼は破棄してくださって結構です。キャンセル料もこちらで持ちましょう」
つまり……そこまでして隠しておきたい理由と言うのが存在しているのだろう。
相当に重要で、相当に危険な理由が。
「いえ、その言葉だけで大丈夫です」
「ありがとうございます。では早速
スマートに俺達の分の会計まで払い、トミントゥールさんは俺達を先導するかのようにして店を後にした。
厩舎の場所を知らない俺達はそのままトミントゥールさんの後に続き街の中を外壁の方に向かって進んで行く。
西側通用口のすぐ横にある高級宿に差し掛かった辺りで、トミントゥールさんは俺達に少しだけ待っていてほしいと言い残しその場を後にしてしまった。
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