第251話 千器について

 謁見が終わり、なかなかの報酬を得て俺達は王城を後にした。

 終始こちらに興味を示さなかった“第三王女”には今後とも警戒が必要だと思われるが、それよりも俺は刀矢に話された差を少しでも埋めるための修行を早くしたいと考えている。

 正直目下最大の脅威となりうる存在が今現状俺の隣にいること自体がそもそもこんな現実逃避じみた考えの根本的な要因だとも言えた。


「宮崎、どうしたんだ? 顔色が優れない様だが」


 圧倒的な容姿に、圧倒的な実力。

 かつて魔王を討伐し世界を救った平和の立役者にして、俺達の学校の生徒会長でもある京独綾子がそこにいた。


 以前の戦いの後遺症で暫く入院隔離されていたようだが、どうにも復活してしまったらしい。


「いえ、なんでもないですが、どうしてここに会長が?」


 俺の問いに対して会長は一度鼻を鳴らすように笑うと、腕組みをしながらこちらに再び切れ長の目を向けてきた。


「暇だった、ただそれだけのことさ」


 なんて生産性の無い会話なんだろうと思いながら適当に相槌を打ち、彼女から視線を離す。

 会長も少しだけ目を見開き、そんな俺のことを見やったが、直ぐに興味を無くしたのか、今度はデーブとガリリンの方に声をかけに言った。


 だが、一つだけ言わせてくれ。

 俺の名前は宮崎ではなく、宮本だ。


「会長ってすこし変わってるよね~なんてかさ、空気感っていうの? なんかそんな感じ」


 会長がいた側とは反対に坂下が現れ、そんな事を言って来る。

 確かにそれには俺も同意見だ。なんだかあの人は本性を現していないような気がしてならない。

 うまくは言い表せないけど、例えるなら、人間の表情に限りなく近い仮面をかぶっているような感じだ。

 どうにも本性が見えない。


「まあ、そういう人もいるだろ。特に大塚なんかはそのパターンだったわけだし」


 あの大塚がまさか異世界で勇者をしていたなんて思ってもみなかった。  

 あまり目立たず、イジメられている姿を何度か見たことがある程度の、そんな存在だった。

 刀矢としてはそんないじめを見かねて大塚に良く話しかけていたが、それも刀矢が大塚を好きだからと言う訳ではなく、純粋にクラスをよりよくしたい一心だったのだろう。

 そんな、守られる存在が、この世界ではどうだ。

 力のカーストがったとすれば、元の世界にいた時よりもなお酷い事になっているが、それでもあいつはこの世界では“伝説の勇者”の一人に数えられているほどだ。


 邪龍を討ち滅ぼした大英雄フェイマス・グラウス。

 某パーティー解散後、大陸一強と言わしめた大国を一夜にして服従させた女帝キルキス。

 世界最難関と言われた迷宮の最深部に眠る宝玉を持ち帰った冒険王タリバー・ディン。

 異能力集団から世界を解放した異界の勇者、駒ヶ岳こまがたけ余市よいち

 魔王の脅威から世界を救った勇者、時空の覇者。

 


 ―――そして、数々の攻略不可能と言われた迷宮を攻略し、存在の疑われた秘宝やアーティファクトを世に放ち、世界最強のクランを創設した男、千器―――ユーリ・オオツカ。


 今でこそ救世の5人などと呼ばれる大塚以外の5人だけど、この中に大塚の名前が上がらないことが不思議でならない。

 それこそ、このランバージャックにおいて、時空の覇者の次に有名な英雄譚は千器伝説だ。

 時空の覇者は存在を周囲に認知され、名実ともに世界を救った救世主だが、大塚はそうじゃない。

 存在が不確かなんだ。空想の人物だと言われている書物が五万とあった。

 曰く、力ない者の想像によって生み出された無能の希望。

 曰く、下級階層の人間が作り上げた理想像。

 

 上流階級の中ではその存在がまことしやかにささやかれる程度の物でしかない。


 王都の外の街で書物を漁ればこの程度の情報は一日そこらで手に入ってしまう。

 それほどまでに、この世界は“救世主”を欲しているのだろう。

 そんな中にあって、たった一人、全く英雄でも勇者でもないような男がここまで語り継がれる理由は、まさしくその圧倒的なまでの《実績》だ。


 アンデット100万からなる混成軍をたった一晩で壊滅させた。

 組織力と技術力では世界トップクラスのマキナを一日で降伏させ、金輪際国を名乗らせないという条約を結び付けた。

 “ただの”魔王など歯牙にもかけない史上最強の魔王を打ち倒し、支配下に置いた。

 古代種と呼ばれる神に類する怪物を一人でうち滅ぼした。

 1000人の勇者を抱える最強の軍事国家シュテルクストを、一晩で更地に変えた怪物に単身戦いを挑み、10日を超える激闘の末、うち滅ぼした。

 王と呼ばれる存在の中でもことさら強力な龍王を倒し、巫女を解放した。

 世界の根底を担う組織である統制協会の上層部の半数以上が千器関係者。



 等など、噂は絶えない。

 絶えないのだが、そのどれもが信憑性の無い物だと言われている。

 目撃者が圧倒的に少ないんだそうだ。

 いつもその事件を知っているのは、彼の仲間と呼ばれたクランと、一部関係者だけ。


 特に西方に位置する歓楽都市では千器は悪魔のような扱いを受けているそうだ。

 なんでも、都市を収める部族の秘宝を盗み出し、勝手に使用したというのだ。


 いやいや、ほんとお前は何やってんだよ。

 

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