断章 勇者の師匠。

第250話 王の腹芸


 ―――おいて行かれた。想像を遥かに超える速度で、想像を遥かに上回る程遠くに。


 この世界に召喚された勇者である宮本友綱は一人思考を巡らせていた。

 大塚悠里とつかの間の再会を果たした一行は、彼の戦いを見て驚愕を浮かべていた。


 身体能力の差は歴然、加護や寵愛も桁違いな程に膨らんでいるその男と、大塚悠里という無能の烙印を押された勇者が対峙していたのだ。


 彼は無能の名に恥じぬ、酷く緩慢な動きで、俺達でさえ見失ってしまうような超高速の攻撃を捌いている。

 どういう原理なのか考えるよりも早く、ただ単純に“凄い”と言う感情が胸中に渦巻いた。


 なぜその動きで回避できる。なぜその動きで迎撃できる。なぜその脆さで攻撃を受け止められる。

 倒れた数も一度や二度ではない。

 数えきれないくらい触手の鞭のような攻撃を受け、ゴム鞠のように吹き飛ばされるその男。全身が傷だらけで、それなのにその男は不敵な笑みを浮かべながら立ち上がるのだ。


 よくよく目を凝らしてみれば、吹き飛ばされた直後に大塚の腕や脚は通常ではありえない角度に曲がったり、酷い部位に関しては捻じれてしまったりしていた。

 それなのにその男は次の瞬間には立ち上がり、またあの怪物の前に躍り出していくのだ 。


 前に見た戦いを思い浮かべながら、一人ギルドに併設された酒場のようなところで、結露の滴るグラスを傾ける。

 元の世界の倫理観を未だに失っていない宮本は当然“未成年なのだから飲酒は駄目”と言うこの世界とは異なる価値基準の元、グラスにおそがれたフレッシュジュースで喉を潤した。


 あの戦いから暫く。迷宮で研鑽を詰んでいた俺達は王命によってランバージャックに引き戻され、そこでウェルシュ王と謁見する機会を得た。


 巨大な扉を潜り抜けると、真っ赤な絨毯が王の腰かける玉座にまで伸びており、その絨毯の切れるところで膝を突くように給仕に先ほど教えられた。

 その他の細かい作法などは気にしなくていいとのこと。そこで王が許可を出したら亜子をあげる。あとは話しに適当にうなずいて感謝の言葉を述べればいいと教えられた。


 緊張の面持ちながら、隣にいる坂下と、須鴨、背後にいるデーブとガリリンの4人を伴って、開け放たれた謁見の間に足を進めた。


 王の御前にたどり着き、頭を垂れ暫く待つと、王から声が投げかけられた。


「―――面をあげよ」






 ◇ ◇ ◇


 威厳ある声をもって告げられたそれに従い、俺達は顔をあげた。

 視界に映る厳格な表情に精悍な顔付きのウェルシュ王。 

 まるでその姿は俺達の想像の中の“王”を体現しているかのような姿だ。しかし、それでもこの王のことを信用できない。大塚の言葉を受け、泉に飛び込んだ俺が“泉の神”に聞いた話によれば、こいつは俺達のことを戦争に使おうとしているそうだ。

 そのためにまず国内の反乱分子の掃伐を俺達にさせるらしい。ついで、国外に対する牽制、侵略の際の兵器としても使う事を企てている。


 泉の神の話しを鵜呑みにするわけではないし、今まで王に良くしてもらったことを忘れたわけではないが、判断基準を持たない俺達にとって、今ある情報は“可能性”として考えていかなければならない。

 だからこの場合最もベターな選択肢は……ということだ。

 メリットの面で考えれば、ウェルシュ王が俺達を利用するメリットは計り知れない。それこそ国家規模のメリットなんか計算できる程明晰な頭脳なんか持ち合わせていない。

 しかし、それは泉の神にも言えることだと俺は思った。

 俺達があれを信用することで、あの場にしか顕現できない泉の神にとって、泉の外に手足を作れることに他ならないのだから。

 まあ、それがどれくらいのメリットなのか分からないけど。

 でもどうして泉の中にしかいられない神がそんな事を知っているのかは俺には分からないから、とにかくまずは疑うしかできない。


「まず、貴殿らの働きに感謝を。そしてこれからの活躍にも大いに期待しておる」


 そう言ったウェルシュ王の顔は一切笑みを浮かべることなく、俺達のことをまるで見定める様な視線だった。


 それもそのはずだよな……ついこの間一番期待してたはずの刀矢が国から出ていくと告げたばかりだし。

 王としては刀矢を旗印にして勇者全員をまとめ上げたかったみたいだからな。

 

 だけど、その勇者も実際の所、ほとんどの連中が既に戦線を離脱し、戦う以外の仕事についている。 

 この世界に、命の取り合いが日常に組み込まれた生活に耐えられなかったんだ。

 加護と寵愛で痛みは軽減されるけど、殺しに対する嫌悪感は緩和されるけど、刻み込まれた恐怖だけはどうしようもないもんな。


 

 クラスメイトの足が吹っ飛んだり、手から先が握りつぶされたり、そんな光景を毎日見ながら、そんな痛みと恐怖を味わったすぐ後に、回復したから戦いに戻れ、なんてできるはずがなかったんだ。

 ただ呼ばれて、ただ流されて、ただ戦ってた連中が、そんな苦行に耐えられるはずがないんだ。


「近隣諸国にはマリポーサを伴ったカンザキ殿が赴いてくださるそうだ。して、貴殿らは国内にとどまり、王都の治安維持に努めてほしい」


 刀矢の離脱は正式に発表されることはない。それは本人も言っていたことだし。だから俺達が刀矢の離脱を知らない物として話が進められている。


 刀矢は当然のように世界の為に国外に出るとウェルシュ王に言い放ったそうだ。

 確かにそう命令されていたからこそ、王はその行動に不信を持たなかった。マキナの都で覚醒を起こした刀矢が自力で洗脳を乗り越えた物だと思っている……と刀矢自身が言っていた。


 だから止められなかったのだろう。そこで止めてしまえば話に矛盾が生まれ、洗脳の影響下にない刀矢が、洗脳され、体のいい駒として扱える俺達に何か吹き込むことを恐れたのだろう。



































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