第267話 受付格差社会
「観光ですか? 就労ですか? 観光の場合は通行証を。就労の場合にはギルドカードの提示をお願いいたします」
「あぁ、ごめんごめん、一応働きに来たんだ……っと、これでいいか?」
「……はい。確認できました。ではどうぞごゆっくり“ビサイド”の街をお楽しみ下しさい」
そう言って爽やかな笑みを浮かべながら手を振ってくる門番に会釈を返すと、向こうも次の入街希望者の対応に戻っていった。
俺の冒険者ランクは最低のGランクだ。普通であればこれで働きに来たとなれば鼻で笑われることくらい日常茶飯事なんだが、どうにもあの門番は良い奴なのか、本性を隠すのがうまいのか。
まあ笑われるなんざ慣れっこだし今更気にしねえんだけど、逆はどうにもまだ慣れてないらしいな。
純粋に良い奴なのかもしれないのに必要以上に疑ってかかっちまう。
いやだねぇ~これだから弱者ってやつは。
「まずは……っとすまんね」
考え事をしながら歩いていたからか、前から歩いてきた男とぶつかってしまった。すぐさま頭を下げれば、その男も会釈を一度してから足早に去っていった。
「―――ラッキー」
俺の手には男からかすめ取ったずっしりと重い革袋が握られている。
代わりと言ってはなんだが、アイツが俺から盗んだ財布はくれてやろうと思う。
ほとんど何も入ってないし。
『おいおい、勇者ともあろうもんがスリか? 地に落ちたもんだなぁ!』
「ちげーよばか。これはあれだよ。等価交換の原則的なやつ。錬金術師の漫画読み直して出直してきやがれ」
何かを得るためには、それと恐らく同等の代価が必要になることもあるかもしれない、とかだったっけ? まあそんな感じのやつだ。
いやぁいい言葉だよね。俺の財布は愛着があったし、それを加算すればこの金のたんまり入った革袋と同じくらいの価値ってことでしょ?
あのボロが大金と同じ価値を持ってたと思うと元所有者としても鼻が高いね。
この金は活動資金の足しにするつもりだけど、明らかにこれっぽっちの大金じゃ装備がまともに揃わない。
だからこそ最初に行うのは資金作りであり、目的地はギルドの買い取りブースだ。
どこも同じ作りのギルドだからこそ迷うことなく依頼書の張られた掲示板の場所がすぐに分かる。
とりあえず手持ちでどうにかできそうな依頼を幾つか見繕って剥がし、それを受付に提出する。
「ギルドカードの提出をお願いいたします」
「あいよっと」
門番とのやり取りで既に準備をしてたからさっきよりも早く出すことができた。
俺のギルドカードを見た受付は一度いぶかし気な視線を俺に送って来たが、何かに納得したのか、何も言うことなく依頼を受理してくれた。
「その依頼ができるのでしたら昇格試験を受けることをお勧めしますよ。D以上でないと指名依頼は出せませんし。はい、どうぞ」
眼鏡をかけた若い受付嬢はそう言うと俺にギルドカードを返してきた。
確かに俺はそれなりの依頼数をこなしているのに昇格試験を受けていない。
その理由としては単純にそんな時間ねえよってことと、そう言ったイベントに自分から参加すると大抵ろくでもないことが起こるからだ。
よく考えてみろよ。ギルドの昇格試験とか何か起こりそうな気配がプンプンするじゃねえか。
こちとらそんなイベント起こさずとも毎度毎度生死の境をフラフラ歩いてんだってんだい。
「納品依頼ばかりですが、既に採取の終わっている物があるのでしょうか?」
「あぁ、そゆこと。ちゃちゃっと査定お願いね」
そう言って生体魔具でアイテムボックスを引っ張りだし、中に収められた薬草類や魔物の素材なんかを納品していく。
「……すごい……これほどの品質だったら依頼料の上乗せだって申請できるくらい……」
目を輝かせながら俺の出した素材をその場で査定していく受付嬢。
その査定の手際は手慣れたもので、本来であれば分担すべき査定作業をこの子が普段からやっていることがうかがえる。
おじさんとしては頑張ってる子は応援したくなっちゃうんだよね。
「……?」
「にっ」
納品書の中にない“それ”を手に取った彼女がこちらに視線を送ってくる。それに対し俺は特に何かを言うこともなく、笑みを返した。
その意図を察したのか彼女はクスリと笑みをこぼしたあとにそれを自身のポケットにしまい込んだ。
「査定が完了しました。どれも最高の品質でとてもGランク冒険者の仕事とは思えませんね。もしかして高位冒険者の方ですか? 中には擬装用のカードを渡されている方もいらっしゃるとのことでしたが」
「いんや、ただ採取と調査だけでキャリア作ってきたからね。これくらいの仕事はできるってだけよ」
「これくらいって……あなたの持ち込んだ素材が一体どれ程の状態かご存知ですか? この状態の物を“これくらい”なんて言えばうちのギルドの素材調達班が泡を吹いて倒れますよ……」
薬草関係も採取の仕方が違うものが結構ある。根からとるもの。引き抜くもの、掘り返すもの、刈り取るものと、採取の方法でもかなりの手法がある。
そこからまた保存の方法があるし、加工の仕方でもかなり変わってくる。
おじさんは長年の経験と膨大な借金を背負った経験から、如何に無駄なく効率よく素材を売るかを模索した時代があったのでそのあたりは完璧といっていいだろう。
「報酬はギルドカードに入れますか? それとも現金でお渡ししますか?」
「半分は現金でちょうだい。時間かかるならその辺にいるけど、大丈夫?」
受けた依頼の中にはそれなりに高ランクの物も含まれてた。だからこそ報酬も半分と言えど、上席に確認を取らなければならないような事態も出来る可能性がある。
そう言った場合は多少時間がかかることになる。
「そこまで心配する冒険者は初めてですね。ですが、心配には及びません。ある程度の裁量を任されておりますので」
「本当に大丈夫なのか? あんただって四等級受付嬢だろ?」
ビターバレーの俺のお馴染みの受付嬢は2等級受付嬢であり、上から三番目に位置する役職だ。
受付嬢の等級と言うのは自身の一か月の素材売買金額、依頼達成数、報酬額の合計にギルドが非公開にしている係数をかけることで算出される受付嬢を評価する制度だ。
当然給料も待遇もそれによって変わってくる。
そして目の前の眼鏡っ子は下から二番目に位置する四等級受付嬢だ。
特級、一等級、二等級、と、下に行くにつれ階級は下がる。
「問題ありません。このギルドの労務、総務、庶務、事務におけるすべては私に一任されておりますので」
「ふーん。ところでさ、“他の職員”はどこにいんだ?」
がらんどうとしたギルド内を見渡しながらそう問いかければ、彼女は少し疲れたような表情を浮かべた。
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