第247話 必殺技は必ず殺す技

「こひゅ?」


 無様なうめき声とともに体が裏返しになった男が、徐々にその体を小さくしていく。

 グジュグジュと気味の悪い音を立てながら圧縮されていく男だったものは、そのまま視認する事さえ不可能な大きさにまで潰れ、最後は小さな花火程度の爆発とともにこの世から消え去った。


「ようやくおしまいだな。ったく化け物の後に化け物と戦わせるとか正気かってんだよ」


 ほんとこの世界は俺のことを殺したくて仕方がないみたいだよな。

 今回もなんとか生き残れたが、こんな幸運は長く続かないだろう。だからこそ早く装備を整えて———そう思った時だった。


「第六の力―――我龍転生」


 その声が聞こえた直後、間一髪神剣を“それ”と体の間に滑り込ませることに成功したが、あまりの威力に体が吹き飛ばされ、祭壇だったものの瓦礫に叩きつけられた。


「―――ごはっ!?」


 逆流し込み上げてくる胃液と、それに混ざる鉄臭い液体が一気に口から吐き出され、開けているはずの瞳には何も映らなくなってしまった。


 一時的なものではあるが、衝撃によって視界が飛んでしまったのだろう。

 頭の中だけは妙に冷静で、あの男がまだ生きていた事と、俺が何かに吹き飛ばされた事だけはしっかりと理解できた。


 ミルズに声をかけようにも、話そうとすると血が吹き上げてくる。

 恐らくどこかしらの内臓を損傷したのだろう。


「いやぁ驚きました。まさか本当に先程の弾丸がブラフだったとはね。それにあなたの言った様に、本当に私には個性が効いてしまう様ですねぇ……これも研究し直さなくてはなりませんねぇ……ですが、そもそも私、不死身ですのであまりそこを追求しなくてもいい気がしますけどね」


 そうは言っているが、こいつの気配はたしかに弱まっている。

 第六の力とやらは行使するのに相当なリスクがあるのだろう。


「さぁて、残るはあなただけですねぇ」


「感謝します。仇をこの手で討つ機会をくれた事を」


「いやいやぁ。私だって先程あなたに殺されていますからねぇ。私だって私の仇を討ちたい訳ですよ」


 にやけた声でそんな事を言い出した男。すでに視界はぼんやりと見えて来ている。

 気配もさっきより鋭敏に見える。

 その気配から判断しても、ミルズでは足元にも及ばない力の差があるが、そこは何とか共闘して乗り越えられればいいか。


「いててて。全く。おじさんのこと除け者にしないでくれないかな?」


 そう言いながら倒れた際に描き始めた陣を起動させる。


「陣術【風撃】」


 俺の最も苦手な風系統の陣術。

 正直攻撃にほとんど意味がないレベルでセンスがなかった。


 そんな最弱の攻撃がやつの周囲をつむじ風の様に回り始める。


「なんですかこのお粗末な攻撃は」


 そう言って周囲を渦巻くそよ風に眉をひそめた男。

 だけど、これこそが未来を見通し、間を払う“龍眼”の対処法でもある。


「まさか―――」


 ハッとした様子で俺の陣術を払おうと目を見開いた男だが、残念ながら陣術は“魔法”とは異なる大系の力であり、龍眼の魔を払う力に払われない力である。


「もう、おせーよばーか」


 頭がぼーっとするし、体も鉛みてえに重てえけど、それでもまだ立てるし戦える。

 これ以上こいつをのさばらせておくことは絶対にやっちゃいけねえ。


「ミルズッ!」

「はいッ!」


 風に乗せた神経毒の影響で体の機能の殆どを失いかけている男がその場で腕を無理やりに振るい、俺を吹き飛ばそうとしてくるが―――


「まさかっ!」


 湾曲によって距離感を狂わされた男が殴りつけたのは俺の幻影。

 ミルズの力によって生み出されたそれは男の一撃を受け、かき消されるが、既にもう防御も回避も不可能なタイミングだ。


「くたばれ糞野郎!」

勺湾壊舞しゃくわんかいぶ


 俺とミルズが剣を振りかぶり、それを解放しようとした瞬間、男の口元が再び裂ける様に横に伸びた。


「第三の力【魔刃形成】」


 そう言った男の前面から魔力で形成された剣がハリネズミのように飛び出し、俺とミルズの全身を貫いた。


「―――っ!?」


 驚愕の表情を浮かべながら“それ”を見つめる男。

 それもそうだろうな。この期に及んで“二つ”も幻術を使うなんてそりゃ思いもしないだろうね。


 俺の幻魔石による幻術。それが解除された二本のナイフがその場に音を立てて転がった。


 相手の手札を全て吐き出させ、絶対に一撃を当てられるこのタイミングでの攻撃。それが俺とミルズが狙っていたものであり、最大のチャンスでもある。


「地獄に―――」

「———落ちなさいッ!!!!」


 十字に切り裂かれ、その場に崩れ落ちた男。

 あの力はリスクのある力だ。そう易々と連発は出来ないはず―――

 

「あがぁぁあッ!?」


 ――――だった。


「森王を………取り込んでいなければ確実に負けていたでしょうね………ですが、それでも私は勝った。あの千器に。神を落とす最悪にっ!!」


 先ほどとは違い、即座に蘇りを果たした男の右手によって俺は地面に転がされ、左の視界が血で染まった。

 その数舜後にミルズのうめき声も聞こえ、おそらく俺と同じく不意を突かれたのだろうと予想できる。

 まさかこんな早く蘇生ができるとは思わなかったぜ畜生………


「―――なぜ、笑っているんですか」


 おっと、マズいマズい。

 つい笑っちまってた見てえだ。


 既に体の機能が停止仕掛けてるせいで、体の中の糸を操作して何とか立ち上がり、俺は足元を指さした。


「“コレ”なーんだ」


 俺が指さしたのは俺の足元に広がる幾何学模様。

 それを見た男は一瞬いぶかし気な表情を浮かべるも、俺がこういう事を言う時に何かをしでかす事を理解しているようだった。


「さっき俺が撃って外した弾さ、さっきも言ったけど実は崩壊せし狂乱の弾丸じゃないんだわ」


 そこまでいって、男はこの異常な状況に気が付いたのか、急に表情を険しくしながらこちらに走ってきた。


 どうして俺が封印を解除する前に上空に力を発散させたか、どうしてわざわざこの場に残り続けたのか。様々な事柄がつながったのだろう。

 本当に最後の最後、保険と言うより、最早杞憂とも感じられる“嫌な予感”を払拭するためだけの仕掛けだったが、まさか本当に使うことになるなんてな。

 だけど、もう遅い。


 周囲の力が、上空に残された力の塊が一張羅に降り注いでくる。

 それらすべてが一張羅に吸収される。


「せんきぃぃいいい!!!!」


 初めてだな。テメエがそんなに焦るのは。


 弾倉に装填された二発の弾丸のうち、一発に陣術を発動する。


「互換罠」


 入れ替えるのは当然、森王の封印に直接打ち込まれ、封印の中に残された森王の膨大な力を吸い上げていた弾丸。

 

 それが二発目の弾倉に今セットされた。


「テメエはただじゃ殺さねえ。覚悟しな」


 そう言って接近してくる男に銃口を向ける。

 

 ――――この弾丸は避けるとか当たるとか、そんな物の外側にある、まさしく最強最高の弾丸。


「―――【矛盾する虚構の魔弾】」


 この弾丸はキルキスの個性を詰め込んだ俺の持つ弾丸の中で最強の一発。

 発射よりも早く、着弾しているという矛盾。

 そしてキルキスの矛盾の効果を簡単に説明すると………“結果を都合よく書き換える能力”とでも言おうか。

 矛盾させた未来を選択することが可能な個性―――すなわち、気に入らない結論を問答無用で否定し、望んだ結果を強引に押し付ける世界の我儘のような個性。


 それが今、男の額に叩き込まれた。


「あっ―――あぁぁぁあぁぁあっぁぁぁぁぁぁぁあ”あ”あ”!!!」

 

 男の体が足元から消え始め、それを見た男はそれがどういったものなのかを悟ってしまっただろう。声にならない叫びをまき散らしながら涙を浮かべ始めた。


「テメエが不死身だってんなら、死んでも蘇るってんならさ―――永久に死に続けろやゲス野郎」


 死という終着点を永久に繰り返す矛盾。それがこの弾丸が起こした奇跡。

 如何にこいつが不死であろうと、その限界は存在する。


「それと、もう一発プレゼントだ」


 これだけの魔力の濁流の中に長い時間身を置けばそれだけで弾丸自体のチャージも進む。だからこそ通常ではありえない“3発目”の弾丸を使うことが可能になる。


 すかさずもう一発撃ちこみ、その効果を発揮する。

 ガートの個性“境界”を詰め込んだ弾丸。

 ガートの個性は応用力抜群の個性である。当時の仲間の中でも上位に位置する応用力を見せた。

 境界を取り払い、境界を作り、境界を繋ぎ、境界を超える力。


 それによって消えかける男の胸に扉が現れ、ゆっくりとそれが開き始める。


「―――迎えに来たぞ」

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