第243話 無意味な動作

◇ ◇ ◇


「29回目」


 自分の為だけにカウントを行いながら、森王の足首辺りを切りつける。

 それと同時に衝撃波を伴うような叫びが再び周囲を襲った。

 俺の鼓膜は簡単に今の一撃で弾け飛び、再び耳から出血を起こす。

 

 その場にいつまでも留まる必要もなく、切りつけた瞬間にはロープを巻き取りながら、空中にある結界まで一気に移動し、そこでようやく回復薬を被ることで鼓膜を復活させた。


「まだまだっぽいな」


 仕掛けは順調に進んでいるとは言え、俺の体がそれまで持つか分からない。

 気休め程度にチョコレートを口に放り込みながら、見失った俺のことを躍起になって探す森王に視線を戻す。


 今ので29回。俺の予想では後17回ほどで俺の勝利になる。

 だが、次の一撃を入れるまでの時間が途方もなく長くなっていくのを感じる。

 相手はただの魔物ではない。思考能力がしっかりとあり、言葉も理解できる存在だ。

 当然同じ方法では攻撃を当てることが困難になってくる。 

 今までの29回に3時間かけたが、これから一度の攻撃を当てるのに恐らく30分………あるいはそれ以上時間がかかることが予想される。

 

『これならば貴様の刃はもうこの森王に届かぬ』


 森王はそう言いながら手を一度叩くと、全身に分厚い鎧のような幹を纏い始めた。

 その分厚さだけで神剣の刃渡りを優に超えていることが分かる。

 これを突破し、やつに刃を当てるのは相当労力がいるな。


『さぁ小さき者。どこからでもかかってこい』


 やっすい挑発だねぇ~。

 鎧をまとったことで俺の注意がそこに集中しているとでも思ってるのかな。

 そんな見え透いたトラップにこの俺が引っかかるはずがないのに。


 そう思いながら、俺は左手の糸を操作し、爆弾を射出機から放った。

 森王は爆弾が直撃する前にその接近に気が付き、余裕を持って対処していたが、今ので確定した。

 

 あいつの周りには胞子が飛んでいる。それに触れればたちどころに居場所を発見されかねない。


 これはそろそろ“あの仕掛け”を使うしかないかもしれませんな。


「爆」


 森王の鎧から魔力を吸い上げ、頭頂部付近で爆破を起こす。それに伴い森王が即座に視界の確保を行うために爆風を手で吹き飛ばすが、その隙に俺は一気に森王の足元まで接近していく。 

 

『かかったな小童がっ!』


 明確な歓喜を孕んだ声を轟かせ、俺のいる場所に寸分たがわぬ鉄拳を振らせようとしてきた森王。


 拳までびっしりと敷き詰められた幹の鎧。そしてその下に鉱物を遥かに超える強度の魔法金属性の鎧を身に纏う森王。

 そんな拳を突き破る火力は俺にはないし、既に回避も間に合わないので………


『ぬがああぁぁあああ!!』


 繰り抜いた地面にイグラシルを立てることで、森王の拳がそれに突き刺さる様にしておいた。

 やつは自分の策に俺がはまったと勘違いし、これ好機とばかりに全力の拳を俺に打ち込んできた。

 しっかりと目の前の爆煙を払っていればこんな簡単なトリックには引っかからないだろうが、やつは自分のことをあまりに過大評価している節がある。

 力で言えば序列60前後ほどの力でありながら、20番前後ほどの強大な力を持っていた龍王を見下し、50前後の力を持っていた砂王をおいぼれと罵った。

 

 性格だって重要な情報だ。戦略を立てる際にこれはかなり重要なファクターになる。

 そしてそこから攻略は確実になっていくんだ。


 この姿勢で、この態勢で動きを止めてくれるのを俺は待っていた。

 森王が槍の突き刺さった手を抑え、膝を突くこの時を。


「叡智の書………やれ」


 戦闘開始からすでに数時間。こいつにその間ずっと用意させていた儀式魔法。それを行使させる。

 

『いぃぃいいいやっっっはあああぁっぁあああ!!!!!!!!  さいっこうにCOOLにキメてやんぜ!! 儀式魔法【アースストライク】』


 バカの絶叫と共に、俺達の足元には巨大な魔法陣が浮かび上がる。その魔法陣は戦場全てを包み込み、一気に輝きを増した。


『な、なんだこれは』


 森王がそう言った直後だった。

 彼の頭上より巨大な、この戦場ギリギリ程の大きさの隕石が落ちてきた。

 膨大な熱量を帯びて、俺の爆雷豪雨の雲を突き抜けて落ちてくる隕石に、森王もたまらず忌々し気に唸り声をあげた。


『自爆覚悟か貴様!!!』

 

 森王からあふれる加護が今までとは比較にならない程膨れ上がり、その隕石に向かって手を伸ばした。

 そこからカスクツリーの根が数本、数百本と絡まり合いながら、巨大な手を形成し、隕石を支える様にして伸ばされる。


 さすがにこれだけじゃ足りないことはわかっているのか、その手が2本、3本と数を増やしていき、巨大な手の壁が隕石と衝突した。


 森王は“やはり”自身の力に自信があると見える。

 これだけの力を行使すれば隕石であろうと止めることができると踏んだのだろう。

 本物の隕石であればこの程度で止まるはずないが、これは魔法で作り出した隕石であり、大気圏を突破し、空中で分裂することさえない程の強大で硬度の高い隕石ではない。 


 ―――それゆえの油断が確かにあった。


『なぜだぁぁああ!!!!』


 声をあげた森王。それもそのはず。油断していたとはいえ、森王の見立ては正確だった。“万全の力”を発揮できるカスクツリーの支柱であればこの隕石をどうにか止めることができたかもしれない。

 だが、そのカスクツリーは想像を遥かに超える脆さであり、隕石とぶつかった直後瞬く間に砕けてしまったのだ。


「ばーか。俺がただ雨降らせてたなんて本当に思ったのかよ」


 原因は簡単。俺が降らせていた雨に紛れ込ませて、海水をずっと流していたのだ。

 ただの塩害だがしかし、魔法生物にとって自然の摂理は普通の生物の数倍の脅威となりえる。

 環境に適応しすぎているのだ。この世界に慣れ過ぎているのだ。だからこそ強力無比な力を得る代わりに、強大な弱点を生み出してしまうのだ。


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