第242話 ラノベの良い奴はすぐにキレる

 ゴム鞠のように弾き飛ばされた男を眺めながら、不撓不屈は大きく息を吐きだした。


「ミルズ殿、感謝します。あなたがいなければ今の一撃で終わっていたでしょう」


「いえ。私もあなたの加勢が無ければ一方的にやられていてもおかしくはなかったので」


 不撓不屈が致命傷を負わなかった理由の一つに、ミルズの湾曲の力が関係している。

 ぎりぎりの所で、致命傷になりそうな物だけを的確に湾曲させダメージを最小限に抑えていたのだ。

 最初こそお互いの個性に気が付かなかった二人だが、戦う中で不撓不屈の行動や力を見ていく中でミルズはそれを正確に理解し、そして的確に利用していた。

 

 これであの男の速度と攻撃に対抗する術は手に入れた。であれば、あとはあの不可思議な回避や未来予知をどうにかすればいいだけ。そう思いミルズは一旦戦いに参加せず、分析と、反撃の機会を伺っていたのだ。


 瓦礫の山から体を起こした男は額から血を流しながら、糸の様だった瞳が見開かれていた。

 今までに見たこともない形相に変わったその男に一瞬驚きこそしたが、これだけの狂気を内包している存在がむしろあそこまで理知的に活動していたことの方がよくよく考えれば異常だったのだ。そう思いながらミルズは再び湾曲を行使し、間違った未来の投影を行う。


 すかさず飛び込んできた男が不自然な動きで突然屈みこむも、それはミルズが見せた“間違った未来”であり、本来の未来とは全く別物である。


「破ッ!!!」


 屈みこんだ男の驚愕の表情に、不撓不屈の渾身の拳がめり込み、その体を宙に晒した。

 僅かにくぐもった声が漏れ、男は天を仰ぐような姿勢で空中にいる。そこにミルズが両手を添えた。


 ―――湾曲とはつまり“曲がり”である。

 直線を湾曲させることで弓状にしたりする。これをミルズは人間の体自体に施したのだ。


 通常のダメージとは異なるベクトルの痛みにさすがの男も悲鳴を禁じえず、打ち上げられた姿勢のまま苦悶の声を漏らす。


 肋骨、胸骨、鎖骨、そして背骨に至るすべての骨を湾曲させられ、それに伴う激しい痛みと、正常な骨格ではない故の姿勢のゆがみを同時に味わう事になった男は地面に落ちると同時に酷く老け込んだ老人のような姿勢を取らざるを得なくなった。


「落ちろッ!!!」


 それを待っていたかのように不撓不屈の全力を持って繰り出された一撃が男の頭部を殴打し、地面にたたきつけた。

 そのあまりの威力に地面が数メートルにわたっておわん型に陥没し、その中心では白目をむいている男が寝そべっていた。


「終わったのか…」


 極度の緊張と、個性発動による消耗でその場に尻餅をついてしまった不撓不屈からミルズは剣をかすめ取り、それを男に向かって無慈悲に振り下ろした。


「―――なにをっ!?」


 不撓不屈の驚きの声を無視するように転がる男の生首。

 ごろりと転がってきたそれをミルズは無慈悲にも踏み潰し、残された遺体を一瞬にして燃やしてしまった。

 ミルズは後天的に英雄になった稀有な存在であり、そのなり方にも癖があった。他者を捕食することでその力を得る個性は彼に魔法適性さえも与えていた。

 

 訓練をしてこなかったがゆえに戦闘で発揮することはなかったが、これだけ時間があれば話は別になる。 

 落ち着いて魔法陣を組み上げ、死体を焼却する程度の炎を起こせないはずがなかった。


「この男は私の故郷を焼き、家族を奪った。だから私も彼から奪う権利がある」


 見たことの無いような冷たい瞳を不撓不屈に向けたミルズ。

 その瞳に見られ、僅かに恐怖を覚えてしまった不撓不屈だが、それでも彼女は、殺す必要はなかった、しっかりと罪を償わせる必要があったと主張しようとした。


「この男一人で償える罪ではないのです。如何にして償おうとも消えることの無い痛みを負ってしまっているのです。だから殺しました。この手で、跡形もなく」


 それだけを言い残し、ミルズは“戦場”に目を向ける。

 あの男が向かった先に、あの男の背後にいた者達の手がかりがあると、自身に“悪意”を埋め込んだ元凶があると何となく感じていたから。


「ご協力には感謝しますが、これ以上私の邪魔をするようならあなたであろうと敵とみなします」


「………いや、私の方こそ済まなかった。軽率なことを言おうとした。謝らせてくれないだろうか」


 納得などしていない。しかしそれを言ったところで彼が心を入れ替えることなどありえない。そんなことも分からないような幼子ではない。だからこそ彼女は内に秘めた言葉を飲み込み、ミルズにそう声をかけた。

 しかし、それを言われたミルズもミルズで、まさかここにきて肯定ではないにしろ、自身の考えを理解してくれる存在が現れたことに驚き、つい目を見開いてしまった。


「意外………とでも言いたげだね」


「ま、まあ正直に言えば、その………意外でした」


 その少し困ったような顔を見て、不撓不屈は目の前の男が決して悪い人間ではないという確信を得て、一人小さく笑みをこぼした。

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