第237話 らしくないってなに? らしさってなに?

◇ ◇ ◇


 王が復活する。

 それまでに必要な準備は既に整った。

 

 これから王が復活すると同時に、この辺りの地形は“戦場”へと変化する。

 解放時に吐き出される今までにため込まれた力をそのための力に変換する陣術も既に設置済みだ。

 

 首の骨を鳴らし、一張羅の襟を正す。


 久しぶりの“大物”との戦いだ。全身が震えだしちまいそうになる恐怖心をねじ伏せ、逃げ出そうとする心を理性で黙らせ、動くことを躊躇いやがる体をぶん殴って動かす。


 大丈夫だ。大丈夫。力の差が分からねえような強敵と戦うなんざ毎日のようにやってきたじゃねえか。

 だからこれも、その内の一つでしかねえ。だから大丈夫だ。


 全くの無根拠。理由もなく、根拠もなく、希望がある訳でもない。

 だけど、それでも戦わないといけない理由がある。


 ポケットにねじ込んだままの砕けたガラス玉を一度触る。

 あの糞ガキが戦ったんだ。俺なんかの言葉で頑張ろうとしたんだ。

 あんな戦い方も知らねえ子供が必死に姉貴を助けてくれって頼んできたんだ。

 

 バカ弟子が一人で抱え込んでたんだ。

 助けの求め方も知らねえ不器用な女が俺に“待ってた”って言ったんだ。

 全てを捨てちまうくらい追い込まれた女が俺のことをすんなり“通した”んだ。


 バカな男が涙を堪えながら頼み込んできたんだ。

 大嫌いな俺に向かって頭まで下げようとしやがったんだ。 

 死ぬかもしれない戦いに巻き込まれて不器用に笑いながら任せたと言ったんだ。


 ―――これだけ託されちゃ、もう負けられねえよな。


「よう。怪物」


 ようやく姿を現した怪物。

 深い緑色の巨体は立ち上がれば恐らく30メートルはくだらないだろう。

 筋肉質な緑色の肌に、見たこともねえほどの力を内包する鉱物で模られた防具を肩と手足につけているその男。

 白い雲みてえな髪の毛に、同じ色の髭をこさえた怪物―――森王が俺のことを視界に収めた。


『この森王に声をかけたのは貴様か』


 地面が悲鳴でも上げだしそうな威圧感を孕んだ声。まるで狂王に怯える家臣のように周囲の木々が僅かに俺を中心に離れたのが分かる。


「そうだぜ」


『………一つ聞こう。貴様はどうしてこの森王の前に立った。人間の中でも貴様は無力だ。そんな事は木々を通してみていたから知っている。だからこそ、この森王には理解ができない。どうして貴様は――――それだけ膨大な呪いを背負い、今もなお生きていられるのだ』


 やっぱ王にもなると“これ”が見えちまうか。 


『神と呼ばれた獣たち………だけではないな。龍の小僧の物もある。それに砂のおいぼれも貴様に………あぁ、思い出したわ。貴様さては“希望の旗”であるな?』


 こいつ………ブックメーカーの爺さんと同じことを言いやがるな。 

 一体誰なんだよ希望の旗ってのは。


「残念ながら俺はお前らが言う“希望の旗”なんて愉快な名前のやつじゃねえよ。俺のことは親愛と敬愛を込めてユーリさんと呼ぶことを許してやるぜ?」


『………くっくっく。今度は卑怯者と来たかっ! だがしかし、そのような姿になろうとお前はまた人間の味方をするのだな。世界を包み込んで余りあるような超常の加護を持っていた当時は、力があるからこその傲慢だと思ったが、全てを失った今であろうと貴様はそうなのだな』


「なんのことかさっぱりわからねえし、俺は欠片も加護なんか持ってねえんだわ。人違いも大概にしねえとおじさんおこっちゃうよ? ってかさ、アンタそこまで悪い奴じゃないだろ? だったら森の奥に隠居しててくれない? それと失われた種族って復活できたりする?」


『この森王を前に何という胆力か。並大抵の生物であれば加護によって軽減されようと一声で殺すことも可能だというのに』


「話聞けよジジイ」


 ついついいつもの感じでツッコミを入れてしまった。

 だけど、こいつからは今までの王のように“悪性”をそこまで感じない。

 龍王はその点悪性の塊のような奴だった。あの場で殺さなくては絶対に世界の脅威になることが分かった。

 

 しかし、この王はそうじゃない。しっかりと会話に応じ、俺の不敬な態度に対しても寛容さを見せてくれる。これは上手い事誘導すれば戦闘を回避することができるかもしれない。


「今この世界でドライアドが絶滅しちまったらしい。俺にもどうにかする方法の検討はあるが、あんたが可能だというのなら俺はそっちに賭けたいと思ってる」


『………そうか。我が使徒たちは絶滅させられたか。まあそうだろうな。アレらは人間の限界を超えた力を持っていた。強欲な人間だ。その力をそのままにしておくことなど考えられない』


 そう言った森王は一度考えこむ様に顎を撫で付け、その後俺に再び鋭い視線を向けてきた。


『復活させたとして、もしそのようなおとぎ話が現実になったとして、また絶滅させられるだけだろう。そんな事に何の意味があるというのだ?』


 そりゃごもっとも。

 と言うか俺は別にどっちだっていいんだ。

 ドライアドが甦ろうが、絶滅しようがな。


 俺の問題はそこじゃねえんだ。

 あのバカ弟子に、師匠のかっこいいところを見せて、魅力的に育った人妻をちょいと味見したいだけなんだ。


「んなもん知らねえよ。だけど俺のバカ弟子が甦らせてほしいって言ってたんだ。その後のことを考えるのは俺みてえなバカのやることじゃねえよ」


 守り方なんか俺が一番教えてほしいくらいだっての。


「―――だからさ、できねえならこの場で殺すし、できるんなら蘇らせた後に殺すけど、どっちがいいか選ばせてやるよオウサマ」



 


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