第233話 母は強いが、父には意地がある。
「不可能ですよ………ユーリ様には………今の、ユーリ様には」
そう言って目を伏せたシグナトリーは槍を持つ手にぐっと力を入れた。
「そんな言葉はとっくの昔に、500年前にもう聞き飽きてんだよ。可能か不可能かじゃねえ。俺は、テメエがどうしたいかって聞いてんだ」
俺の言葉に、槍を握る力を更に強くしたシグナトリーが視線を鋭くしながらこちらを睨み、叫ぶように、悲鳴でも上げる様に本心を吐露した。
「こんなことしたくてやってるとお思いですか! 愛している家族を、マクダフを、ローズまで裏切って、縁を切って、そしてあなた様にまで刃を向ける様な事を、私が嬉々として行っているとでも思っているんですか! 500年間も留守にしてたくせに、その間の苦労など何も知らないくせに、そんな事を今更言わないでください!!!」
今にも飛び掛かってきそうなシグナトリーが涙を流しながら俺に怒鳴り散らしてきた。
だが、こいつは俺に言った。再開した時に確かにこう言ったんだ。“お待ちしておりました”ってな。
だから俺も譲らない。頼りたくてもそれを素直に言えない馬鹿な弟子の為じゃなく、誰かに必要とされたいって言うただのわがままの為に俺は戦う。
そんな事を考えながら、シグナトリーの発言を聞いた俺はついついにやけちまった。
「―――だとよ」
紫結晶をその場で砕き、ボイスチャットで今の会話全てを聞いていた男に、俺は道を譲った。
鈍色の鎧に、赤いラインが走る甲冑。精悍で威厳のある顔つき、そして極度の親ばかであるこの男………マクダフ・バンク。
ヴォーグ交易都市の領主にして、どこにでもいる一介の英雄に過ぎないその男に、俺はこの戦いを譲った。
「………例は言わんぞ」
「十分。その代わり………」
「あぁ。任されよう。貴様は貴様のやるべきことをやれ」
それだけ。たったそれだけで、俺とマクダフは会話を終えた。
これ以上の会話など必要ない。大嫌いなはずの俺のことを、あのぼろ屋の前で待っていた律義な騎士にこれ以上の言葉はただの野暮になっちまう。
その男の登場に最も驚いた顔を見せたのは当然のことながらシグナトリー。しかし、その覚悟はどうやらこれだけの出来事では揺るがないらしい。
「どいてください………あなたでは、私を倒すことは絶対にできません………今までだって、あなたが私に勝てたことなど一度たりともなかったじゃないですか………」
「そうだな。今まで俺は数百とお前に負けてきた。一度の勝利もなく。だけど、それでいいのだ。全てはこの時の為に、たった一度の奇跡があるのだとすれば、それはこれから起こる。そのための数百敗だった、ただそれだけのことさ」
マクダフはそう言いながら巨大な、成人男性の背丈を超える大剣を両手に持ち、それの剣先を地面から持ち上げて見せた。
「行け。そして全てを台無しにしてこい。お前は我が家の、俺がローズに気に入られるためにしてきた努力を全て台無しにしたんだ。台無しにする事だけは、お前のことを認めてやる」
そういながら、爆発的な加護をまき散らし、シグナトリーに斬りかかったマクダフ。
しかし、シグナトリーもそれをしっかりと重心を落としながら手にした槍で受け止めた。
「さっさと行かんかバカ者!!!!」
背中越しに俺にそう叫んだマクダフの脇を駆け抜け、シグナトリーとその時にちらりと目があう。
―――この目を、俺は知っている。
この糞みたいな世界の、糞みたいな運命に雁字搦めにされて、助けの声さえ上げられない奴の、どうしようもなくなって、どうしたらいいかわからなくなっちまった時の目だ。
「必ず助けてやる」
「あなたは…最低です……」
俺から視線を切ったシグナトリーが気合を入れる様に声をあげ、マクダフの大剣を押しのけ、次の一撃を繰り出そうとしたとき………
「はぁぁっぁあああ!!!!」
反対の手に持つ大剣が一度大きく胎動し、先程よりも遥かに強大な加護がまき散らされた。
そしてその大剣はシグナトリーが危険を察して防御に徹するために掲げられた槍に豪快に叩きつけられ、地面を盛大に陥没させた。
背後の気配では間違いなくマクダフはシグナトリーには敵わない。それくらいの絶対的な差が二人にはある。だが、そんな絶対ってのは意外と簡単に砕け散ることもある。
――――それくらい父親ってのは強いんだ。
(任せたぜおっさん)
声に出しこそしないが、そう思いながら脇を抜け、ようやく二人の前に到着した。
既に儀式は終盤も終盤で、封印は結界寸前のところまで来ている。
こんな強引な方法で、しかし不可能ではないぎりぎりのラインで開放ができる野郎がまだいたとはな。
「デカい方の妹、返してもらいに来たぜ」
あのくそガキがあそこまでボロボロで頑張ってきたんだ。強い物の陰に隠れて、自分は安全な場所から罵声を吐くだけのクソガキが、自分の為に姉貴に一瞬でも死んでくれなんて思っちまうような弱いガキが根性を見せたんだ。大嫌いだった俺のことをお兄ちゃんなんて呼んじまうくらい信頼されちまってんだ。
助けてやるなんざ一言も言っていねえのに、それなのにあいつが倒れるときに、あんな安心しきった顔されたんじゃあよ………
面倒なこと極まりねえが、俺も少しだけ根性見せてやろうじゃねえか。
「来ましたね千器殿」
声をかけてきたのは司祭の方だった。俺の予想ではあの細長い方が黒幕だと思ったんだがな。
「うちの妹泣かせて何が目的な訳? 面倒な事じゃなけりゃ手伝ってやっからさ、さっさとこんな面倒の境地みてえなこと終わらせてくれねえかな」
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