第232話 師匠とは
「手を頭の上に組んで腹ばいになれ!」
杖を構えた男がたまきにそう声をかける。
冷や汗を流しまくってるたまきがこちらに視線を送って来たのでとりあえず手を振っておいた。
「…アイツ……コロス…」
どうして敵サイドよりも味方からの殺意の方が強いのかしら。
だけど俺の予想ではもう少しで、もう少しでこの事態は急変するはずだ。
そう思ってたまきを生贄にすることを内心硬く決心した直後、まさしく俺の待っていた状況になった。
「統制協会のジャック、不撓不屈だ。お前達今すぐその儀式を中止しろ。さもなくばこの場で全員を拘束する」
赤い甲冑に、流れるような美しいブロンドの髪が特徴の、実直を絵にかいたような女―――不撓不屈。
冒険者の俺と正反対に居る様な女がそこにいた。
そしてその部下であろう者たちが15名。誰も彼も英雄であり、相当な修羅場をくぐったことなど容易に想像ができる気配を放っている。
少し見ない間に随分と成長しちゃったみたいじゃん。
そして俺はこいつらの到着を事前に知っていた。
だからこのタイミングまで待っていたんだ。ビビッて隠れてたわけではない。断じて。
トロッコを取り囲む連中の視線が不撓不屈達に移り変わった瞬間を見計らい、俺はトロッコから飛び出し、一目散に奥に佇む二人に向かって足を進めた。
馬鹿正直に戦ってやる必要なんかない。全員相手にするほど俺に力はない。だから目的を達成するために最短最速の方法を取る。
「―――そう来ると思いました」
だが、さすがに俺の考えはこいつにはばれているようで、先程の戦いで相当な消耗をしていることはわかるが、それでも不撓不屈以上の気配を放ち続ける女、シグナトリーが俺の前に立ちはだかった。
「まあ、俺もお前はそう動くと思ってたよ」
俺とシグナトリーが再び相まみえた瞬間、背後では500人の戦闘員と16人の激しい戦いが始まってしまった。
「さすがに今の私ではあなたを相手にすることは荷が重い。ですが、彼らのうち二人、たった二人コチラに来るまで時間を稼げば、それでゲームオーバーです」
戦闘員共は俺が気配を読めるレベルに達していない。だからこそたった二人であろうと、そもそもその二人組に俺は勝てない可能性がある。
そこにシグナトリーが加わればそれこそ勝ち目なんか欠片もないだろう。
「不当な粛清、多くの信徒の家族を拉致し、断った家族を惨殺。既に証拠は挙がっている! 貴様らは人として、そして戦士としての罪を犯した。犯し過ぎた。守るべき民を虐げ、私欲に溺れる下郎共、貴様らに私が天誅を与えてやるッ!」
背後で不撓不屈が格好いい事言ってるけど、これはそんな薄い戦いじゃないんだ。
「俺に歯向かう程、お前は王を復活させたいのか?」
「はい。そうです。私は、私のせいで滅んだドライアドを今一度王に蘇らせてほしいのです」
「………お前のせいで、滅んだ、だと?」
「はい。私がドライアドだという事は既に周知の事実となっています。そこで行われた交配実験や乱獲によって今この世界でドライアドは絶滅したとされています。しかし、司教様はおっしゃりました。王の力であればドライアドを、失われた種族を蘇らせることが可能だと」
魔“王”であるマッカランがそうだったように、王には種族を生み出す力があってもおかしくはない。。
だが、マッカランは人間であることを望んだ。それゆえに彼女は最強の魔王で“止まってしまった”わけだ。
だが、今からシグナトリーが甦らせようとしている存在はそんな生易しい存在でも、神聖な生物でもない。ただの………怪物だ。
「だから私は………全ての縁を切ってまでここに立っていますッ! 今更私に、説得が通じるとお思いですか! 家族の縁を切り、師弟の縁を切り、友との縁を切った私に、あとはこの命を捨てるだけの私にッ! ですが、この命を捨てるのは………ドライアドが復活した後でいい。それを見届けて私は全ての恨みを背負って死にましょう。世界に最悪に並ぶ存在を解き放った罪も共に私が背負って死にましょう! もう、そうすることしかできないのです! 私には、そうする道しか、残されていないのです!!」
涙を流し、今まで見た中で、体内を連続で爆破された時よりもさらに苦しそうな表情でシグナトリーはそう叫んだ。
これが正義ではないことなど彼女もわかっているのだろう。だからこそ、彼女は最後に死ぬつもりなんだろう。
昔に、本当に昔に、俺が教えてやった封印術。もし俺がいないときに、大事な物をどうしても守らなきゃいけない時の為に授けた陣術。
自身を魔法陣に変換する最低最悪の陣術の集大成。それをこいつは使って王を封じ込めるつもりなんだろう。
「無理だな。今のお前じゃ、全開のお前でも、王は封印できない。圧倒的に力不足だ」
いや、正確に言えば封印は出来る。だが、50年に一人くらいか、素養を持つ生贄を捧げ、回廊を強化しなくては封印が保てないって感じかな。
こいつ一人が死んで、はいそうですかってことじゃないんだ。
こいつが死んだ後も、おそらく今度は生贄を巡って争いが起こる。そこで多くの血が流れる。
まあ別にそんな事どうでもいいんだけどさ。だけど一つ気にくわねえのが………
「てめえが死ぬのなんざどうでもいいよ。復活させたきゃさせればいいし、死にたきゃ死ねばいい。だけどよ………なんのための師匠だよ。なんで俺に話さなかったんだよ。“それ”をやるべきなのは未来が、家族が、希望があるお前の仕事じゃねえ。そういう時に頼られるために俺はまだテメエの師匠名乗ってんだ。だったら黙って頼れってんだよバカ弟子」
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