第231話 手加減ってなに?ってやつはクレープを握りつぶす。
既に時間はほとんどなくなっている。
山から流れてくる気配を読み取るだけで既に“王”が復活寸前なこと位容易に想像できる。
のんびりしている時間はなさそうなのでそのまま俺は山に向かう事にした。それもこれもあの糞ガキに巻き込まれたせいだ。
本当に面倒なこと極まりない。
だけどまあ、まだあの女は殺されていないはずだ。死んでいると言って差し支えない状況になっている可能性は否定できないけど。
「たまき。今からピクニックだ。付いて来い」
宿から引っ張ってきたたまきを拉致して山に向かえば、道中でたまきに質問攻めにされてしまった。
今までどこに行っていたのか、どうして俺の部屋にあのガキがいるのか、どうしてそんなにイケメンなのか、そのナイスなコートはどこで売っているのかなど様々だ。
それらの質問に走りながら答えてやれば、たまきはなぜか少しだけ嬉しそうな顔をしながらため息を吐き出した。
「やっぱり先輩は先輩っすね」
とのこと。正直何の話か全く分からないが、機嫌がよくなってくれたのならよかった。
どうせこれから気分最悪の場所に赴く予定なのだ。今くらい気分よくしていたい。
巫女は復活のカギになると同時に、かつて王たちに施された封印を緩和させ、この世界に繋ぎとめるための楔の役割を果たす。
だからまだあの女は死んでない。
「そう言えばっすけど、あの子先輩の事“おにいちゃん”って呼んでたっすよ」
「残念だが俺には妹萌え属性はない。どちらかと言えばお姉さんにこねくり回されたい」
「やっぱ死ねばいいっす」
たまきの冷たい視線を浴びながら俺はそのまま足を進めていく。
恐らく相当な数が封印を露見させる儀式で犠牲になる。本来であればその後に復活のための贄を捧げるんだけど、既に粛清って形でそれはなされてるからね。本当に厄介極まりないし、明らかに誰かの邪魔を想定して手順を入れ替えてやがる。
ここまで古代の封印関係や手順、方法などにも詳しいとなると、相当に厄介だな。
そんな事を考えているうちに、俺達は山に到着し、その中腹にある祭壇を見上げていた。
「でっかい山っすね」
「霊峰アイシーンってんだ。確か麓に中腹辺りまで行けるトロッコがあったはずだからそれを探すぞ」
こういう時は前回の知識が役にたつ。当時からあのトロッコは山道を走れることや荷物の運搬などで重宝されていた。
原動力は人力ではなく当然魔力だが。
「これっすか?」
少し探しているとたまきが件のトロッコを発見してくれた。
少しさび付いているが、それでも使えない程ではない。それに中の魔術廻廊も壊れていない。
「よっしゃ、さっさと乗り込んで上に行くぞ!」
古ぼけた納屋のような場所から伸びる線路。そこから少し先にトロッコは止められていた。
急いでそこに乗り込み、たまきを魔力供給用の宝石の前に押しやった。
「いくのだ魔力タンクよ! 貴様の魔力をその宝石に注ぎ込め!」
見た目鋼鉄製の金属の箱。しかしこれに使われている金属は魔法金属と呼ばれる特殊な加工を施したものであり、魔力を通すことでその強度を格段に上げてくれるという代物だ。
アーティファクトにも似たような技術が使われていることが多い。
「え、これ爆発とかしないっすよね? 大丈夫な奴っすよね?」
「早くしないと俺がお前を爆破することになる」
「よっしゃいってみよーっす!!!!」
焦った表情で魔力を一気に注いだせいで俺の操作が追い付かず、全ての魔力を推進力に変えたトロッコが爆走を始めた。
たまきは英雄のポテンシャルを殆ど使いこなせていない残念な奴だが、それでも魔力量だけならそこらの英雄より遥かに高い。
小難しい操作がないのであれば、ただの出力勝負は並みの英雄の比ではない。
まあ何が言いたいかって言うと、周囲の木をポッキーみてえに吹き飛ばしながら、さながら絶叫マシンみたいな速度で加速し始めたってこと。
「「ぎゃああぁぁぁあっぁあああああ――――………………」」
もう操作とか不可能な速度に達してしまったせいで、俺は操作盤から手を離し、たまきは混乱しているのか、焦っているのか、バカなのか分からないが余計に宝石に魔力を一気にぶち込みやがった。
想像では10分そこそこで到着する予定だったのに、俺とたまきが中腹まで到達するのにかかった時間は………1分48秒。
そんな速度でブレーキも無しに止まれるような技術はそもそもこの世界に存在していない。
つまりだ。
「「ぴやぁあああああああああ!!?!?!」」
線路の終わりにある積み上げられた石の山にそのまま突っ込み、俺とたまき、そしてトロッコは200メートルを超える大ジャンプを経て、中腹の祭壇に無事(?)不時着を果たした。
ぎりぎりの所で俺が推進力だけに使われてた魔力を外装に回し、強度を上げてなかったら間違いなく俺が死んでたぜおい。
「もういやっす! 先輩のいう事なんか何も信用できないっす!」
「だぁあ!! 耳元で叫ぶんじゃねぇようっせえな!! 俺だってテメエがそこまでバカだって思わなかったわ! 手加減って知ってる!? ねえ知ってる? ブ〇リーなの君? 伝説のスーパー野菜人ですかってんだよ!」
そんな言い合いをしながらドアを蹴り破り、たまきと顔を覗かせれば………額に手を当ててやれやれと言った顔を浮かべるシグナトリーと、俺達を完全に包囲して今すぐにでも魔法の雨を浴びせられるようにしている山神教の戦闘員共が500程。そのさらに奥でこちらを見ている司祭のような恰好をしている白いひげを生やしたおっさんと、その隣に控える怪しい笑みを浮かべる男が見えたので………
「逝けたまき! 君に決めた!!!」
「ぎゃああぁぁあ! 押すんじゃねえっすよ! ってかどこ触ってるっすか! 殺す! ぜったい後で殺すっす!!!」
ギャーギャー騒がしかったのでたまきのケツを思いっきり蹴飛ばしてやれば、案の定たまきは外に飛び出していった。
「ふぎっ!? ………ってて……アイツ絶対ぶっ飛ばしてや―――あ」
完全包囲のまま俺に蹴られた尻を摩りながら悪態をつくたまき。だけどようやく今自分がどんな状況かを察したみたいだね。
まあ俺は君の馬鹿みたいな魔力でガッチガチのギンギンになったトロッコの中に引きこもらせてもらってるけど。
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