第225話 手札を見られても、イカサマは関係ない

 ファイアクロ―という魔法がある。効果は簡単で、炎の鉤爪を形成する魔法だ。熱とひっかっき傷によるダメージを与えることがメインの使い方で、俺の時代の拳闘士やモンクたちが良く使う魔法だった。

 そして今シグナトリーが俺に使った“それ”も、実はファイアクローだったりする。わざわざ4本に分けて攻撃力を分散させる必要などない問うことろと、シグナトリーほどの膨大な魔力量であれば、強力な爪………もはや剣と言って差し支えない物を生やすことだって可能だった。魔力消費は増えるし、爪の数は減るが、それでも圧倒的に効果はシグナトリーの使うファイアクローの方が高い。

 そして、これは、こういった応用は、俺がかつてシグナトリーに教えた技術でもある。


「フゥー………次ッ!!」


 腕を切り飛ばし、急場をしのいだシグナトリーは息を深く吐き出し、その後ファイアクローを両手に展開したまま俺の懐にさらに深く潜り込んできた。


 どうやらついにシグナトリーの、俺の弟子の本気が見られるようだ。


 背後の同時展開された70程の魔法の対処を叡智の書に行わせつつ、俺は残された右手に持つ剣でシグナトリーの追撃として突き出された腕を切り落し、距離を開けるために大きく後方に飛びのいた。


「逃がしませんッ!」


 しかし、俺が飛びのいて後方の地面に着地するよりも早く、シグナトリーの英雄の力を如何なく発揮した踏み込みによってせっかく開けた距離は簡単につぶされてしまった。


 本来であれば、俺の攻撃で腕が飛ばされれば、驚きや焦り、戸惑いなどが芽生える。だからこそ俺はそこで会話を挟み時間を多く稼ぐことができる。

 何せ、英雄の連撃を捌き切れるほど俺の動作は早くはないのだから。

 だから一撃目なのだ。だから初手を潰す必要があったのだ。だが、シグナトリーにはそんなことは既にバレている。だからこそ、罠を展開する暇を与えない連撃を持って、俺を確実に葬るつもりなんだろう。


 マジで手の内を知られてるってやりにくいな。


 刃の振るわれる軌道を気配から逆算し、その軌道上に人の手のひらほどの大きさしか持たない盾を展開する。

 これはもともとこの大きさではなく、本来もっと巨大だったものをかつての大魔術師が圧縮したという曰くがあるアーティファクトだ。

 ゆえに、俺の盾の中でも結構硬い方だったりする。


 物質化した炎と盾が衝突し、通常では考えられない金属同士のぶつかったような音が周囲に響くが、既にシグナトリーはおとされた腕を回復させており、反対の手に出したファイアクロ―にさらに魔力をつぎ込み、その大きさを3メートル程に変えた。


「これならっ!」


 逸らせた背筋をしっかりと使い、全身全霊の一撃と呼ぶにふさわしい一撃。それが振り下ろされる前に、俺は足を一度踏み鳴らす。

 それと同時に足元から金属のポールが突き出し、シグナトリーの振り下ろそうとする腕の肘関節を的確にとらえた。


 ぐちゃっと。人間や身体構造の同じ動物の体ではありえない関節の開閉により、シグナトリーの肘関節の骨はてこの原理によって、自身の振り下ろす力と、下からの付き上げる力によっていともたやすく可動域を超え、周囲の軟骨、腱、筋肉に至るまでがちぎれたのだ。


 だが、それでもシグナトリーは止まらない。無呼吸状態に近い連撃故に、一度離れれば俺に何かをさせる時間を与えてしまうことが分かっているから。


 痛みに歪む表情ながら、その瞳の闘志は全く衰えておらず、引き絞られた右手が抜き手のような形をとり、一撃必殺の槍となって俺に迫ってきた。


 だけど、このやり取りは既に決着しているんだ。

 俺が視認できないようなシグナトリーの攻撃に合わせて“陣”を行使したことに疑問を持たなかった時点で既に。

 最初から、戦いが始まって、叡智の書を取り出した時から既にここまで俺はシナリオを構築していた。

 ここまで来られるかは賭けだった。彼女が俺の攻略法をしっかりと実践してくれる前提で組み立てた計画だったのだから。

 相手がシグナトリーでなくては、俺と10年以上共に修行を積んだ、30年近く一緒にいた彼女でなくては到底ここまで来られなかった。これほどまで彼女を信頼することは出来なかった。

 俺の吹き飛ばされた腕に握られていた野球ボールほどの大きさの物質に刻まれた陣術を、遠隔操作で発動させた。


「―――互換罠」


 位置を入れ替えるだけの、俺の出力では手品くらいにしか用途の無い陣術。

 俺の元に現れた黒い塊。それが眩い光を放ち、シグナトリーの視界を瞬く間に潰した


「無駄ですッ!!!」


 しかし、この距離で視界を潰したところで意味などない。そう言わんばかりにシグナトリーは刃を突き出した。


 (………ついに私は―――ッ!?)


 肉を確かに突き抜け、骨を焼き切った感触を感じ、一瞬安堵の表情を浮かべたシグナトリーだが、その顔は驚きに染まった。

 そうだ。その安堵が、一瞬の心の緩みがどうしても欲しかったのだ。


 当たり前だ。武器を切断するような高熱の刃が、俺の手のひらから腕の中まで突き刺さっているのだから。

 しかし、これでもう離さない。

 既に腕としての機能を失っている右手の中に張り巡らせた糸を行使し、手を全力で閉じる。

 痛みなど既に感じない。高熱を発するシグナトリーの拳を包むように握り込み、固定することに成功した。


「ばかなッ!!! どうして……確かに切り飛ばしたはずじゃ………っ!?」


 安堵から驚愕。俺のことを知っているからこそ、俺の腕がこの時間で復活することなどあり得ないと想定した動き。これを待っていたのだ。これ程までに動揺し驚愕し焦燥してくれるのを。


「止めだ」


 “左手”に握る極薄の剣を、これ以上ないタイミングで彼女に突き出す。

 既に驚きと動揺で思考が止まってしまっている彼女に、これを届かせるのはとても容易い。


 ―――そう思っていた。


 ―――パリィィン………と、突き出した刃がシグナトリーにぶつかって粉々に砕け散ってしまった。

 それを為させたのは、俺が召喚した槍。英知の書の爆破で唯一、原型を辛うじてとどめて居たその槍が極薄の剣の一撃をシグナトリーの代わりに受けてしまったのだ。


 今の一撃によって力を失ってしまった槍はその場に音を立てて落ちるが、その向こう側のシグナトリーは視線をキッと鋭くし、こちらを睨んできた。

 おそらく先ほどのもブラフ。俺に勝負を決める一撃を使わせる為の伏線。だからこの土壇場まであの槍を使わなかったのだろう。


「この勝負、私の勝ちですッ!!!」


 蹴り。両腕を蘇生させるよりも早く決着をつけるために英雄の並外れた身体能力を発揮した人外の蹴りが俺に迫ってくる。


 こんなものが当たれば、怪我していない状態でも一撃で死ぬ。並大抵の英雄であっても恐らく同じだろうと思う威力を秘めている。


 だから、握りしめた彼女の手を少しだけ押してやった。

 片足で立って、体重を蹴り上げた足に乗せたせいで、俺のような貧弱に押されただけでも簡単に重心が崩れるシグナトリー。

 その蹴りは俺の鼻骨を粉砕しただけに収まり、逆に俺はこの一連の師弟喧嘩に終止符を打つ一撃をシグナトリーに叩きこむために、再び生体魔具で道具を取り出した。


「この一撃の為に、お前が最も警戒し続けたこいつの一撃を必ず当てる為だけにここまで壮大な“ストーリー”を書いたんだ。感謝しろバカ弟子」


 振り下ろされた神剣をシグナトリーは身を捩り、なんとか回避を試みるも、俺に手を掴まれていることもあってその動きは酷く限定的な動作にとどまった。それ故に彼女の鎖骨あたりに一太刀。かすり傷程度の物を刻み込む事に成功した。

 しかしそれだけで十分だ。それだけの傷でも、彼女の加護が体内で暴走し、体のいたるところが内側からはじけ飛んでいく。

 金切り声にも似た悲鳴を上げ続けながらのたうち回るシグナトリーをしり目に、俺は限界寸前の状態ながら、先程取りかけたぼろ布にようやく手をかけた。

 

 それは俺が触れると同時に瞬く間に元の姿―――俺の一張羅の形に戻っていった。


 

 

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