第224話 戦い方は人それぞれ

 俺的に最も戦いたくない個性は時間操作系。なんせ時間操作系は俺の戦い方じゃ都合が悪すぎるから。

 同様に支配も時間を支配したりされてかなりやばかった。全力キルキスも時間が進むというルールを矛盾させ始めて手に負えなくなってきた時期があった。

 それらに及ばないまでも、この浸食の個性は俺の中でもかなり上位に食い込む程の“戦いたくない個性”だ。


 浸食した物は全てチョコチの味方となり命令に従う。いや、マッカランのように全てを支配するわけではなく、あくまで“味方”にするというのがこの個性のみそなのだ。

 

『ユゥリィルム、お前そのままそこにいると死んじまうぜー?』


 叡智の書の声について思考するよりも早く、俺の経験からくる勘がこの場に留まることを危険と、むしろ自動で体を動かし、この場から移動させ始めた。

 上体を倒すようにして動き始め、先程まで後頭部があった場所を瓦礫の一部が猛スピードで通り抜けていく。

 左足を全力で引けば、上空から足の甲のあった場所に向かって先ほど俺が使った槍が降り注いだ。

 他のどんな連中よりも厄介なのが、チョコチの味方には気配が存在しないという点だ。

 まさしく俺のことを殺すために生まれてきたような個性だと思えてきちまうぜ。


『おいおい、おいおいおぃ~。ちょっとやべえんじゃねえかこれ』


「だと思うなら! さっさと! 助けやがれっ!」


 やかましいトイレットペーパーの出来損ないにクレームを入れれば、はぁ、とあからさまなため息が聞こえてきやがった。

 

『この偉大にして絶大な俺様の力をたっぷり味合わせてやるZE! ときめきと胸キュンのロコモコ丼対物理結界


 相変わらず絶望的なネーミングセンスと共に展開された結界。それは俺のことを覆い隠すように展開されたわけではなく、周囲の瓦礫や散乱した武器などを覆い隠すように展開されている。

 俺の力ではこれだけの数の結界を一斉に展開するには時間がかかり過ぎるし、俺自身に結界を施すと攻撃の邪魔になり、防御のタイミングもずれる関係で全く役に立たない物になってしまう。

 だからこそこういた補助アイテムの存在と言うのは重要なのだ。

 それも、可能な限り存在をしられないように、切り札の一枚として使うために。


「厄介なのはユーリ様以外にもいましたか………ですが、その結界さえもすぐに私の仲間に―――」


 余裕ぶっこいて俺に勝ち誇った顔を見せてきたチョコチの左肩が大きく跳ね上がった。 

 と言うか、俺が“撃った”からなんだけど。


「知らねえ間に随分とおしゃべりになった見てえだな」


「くっ、油断も隙もありませんね………」


 筋肉の隆起で弾丸を体内から吐き出したシグナトリーは即座に怪我を回復させ、再び俺に接近をしてきた。

 それもそうだろうな。何せ弾丸がシグナトリーにぶつかる直前で、アイツは弾丸を視認していないくせに“経験”と“直観”からくる反応の域を超える動作……反射の領域で加護を肩に集中させていたんだから。

 本当なら肩から上が吹き飛んでもおかしくないはずの弾丸なんだけどね。


「タネは割れました。この距離であればあなたの視線誘導も思考誘導もどちらも効きません」


 正確に言えば、視線を誘導して攻撃を隠匿しようと、動作を見た後に反応できるし、思考を誘導して無意識を作り出しても攻撃が当たる前に空白時間が終わってしまうんだけどね。

 だけど、結局結果は同じ。俺にとって最悪の、もはや詰みと言ってもいい距離………ミドルレンジ。

 そんな俺に対して、シグナトリーからすれば、得意とする槍術を如何なく発揮できる距離感である。

 気配による先読みは可能だから被弾こそしないが、それでも間違いなくジリ貧………というより完全に大手を掛けられている状況だ。

 

 シグナトリーの目的は時間稼ぎ。周囲に展開された結界にシグナトリーの個性が浸食しきるまでの時間を稼げばそれで終わりだ。それにシグナトリーはまだ、“魔法”を使っていない訳だしな。


「これが最後です。ここまでの劣勢で、もう勝ち目など皆無と言っていいでしょう。ですのでどうか………私の慕う偉大なる師をこの手で殺させないでください」


 つまりは見逃してやるから逃げてくれってことね。いやぁ、ほんと随分と余裕じゃないか。これが強者故の余裕ってか? 俺みてえな糞雑魚には一生かかっても手に入れられない余裕だろうな。


 それに、こいつの娘にも言ったが、俺は俺の敵になった奴に、二度と俺の前に立ちたくないと思わせる様な戦い方をする。

 それでだ。シグナトリーが敵として俺の前に立つのはこれが一度目なわけだ。


「―――差し詰め聖騎士って感じの戦い方だな。そんな戦い方を、いつだれが教えたよ」


 突き出された槍が俺の取り寄せた盾を容易く貫き、俺に迫ってくる。俺はそれを見ながらたった一歩だけ後方に下がった。


「―――ッ!?」


 爆風。夥しい熱を伴う風がシグナトリーの全身を強かに打ち付けた。

 正面からくる風ってのは想像以上に威力を全身で感じちまうもんだ。何せ風を逃がせないんだからな。


「何度同じ手に引っかかるんだよバーカ」


 爆風に飲み込まれ、巻き上がった灰色の煙に巻かれながらシグナトリーに声をかけた。


「ま、まさか自爆覚悟でこのような手を………」


 さすがに今の攻撃は予想外だったのか、それとも“俺”との戦いがどういうものなのかをまだ理解していないのか。


 俺は膝を突くシグナトリーの前に、もう一枚取り出していた盾を構えたまま歩み寄った。


「浸食できるもんならしてみろ。その前に全部吹っ飛ばしてやる」


 直後、叡智の書が展開した結界が内側に向け爆発した。それに伴って、俺に向かってこようとしていた瓦礫共はバラバラになって使い物にならなくなる。


「いつまでそうしてんだ。俺はそんな事教えてないぞ」


 もっとだ。もっと。

 まだまだ足りないんだ。これじゃ。


 次に俺が取り出したアーティファクトは、髪の毛以下の細さしか持たない極薄の剣。太陽にかざせば向こう側が透けて見えてしまうのではないかという程の薄さゆえに、このアーティファクトは一度使えば必ず壊れるというガラクタだったりする。


「まさか―――」


「逆大手だ」


 振り下ろされた極薄の剣は、シグナトリーが咄嗟に掲げた槍を意図も容易く切り裂き、彼女に突き進んでいく。

 英雄でも勇者でもない俺の全力程度にしかこの剣は耐えられない。もっと力のある人間が振るえばたちどころにその振り下ろす威力だけで崩壊してしまうような脆弱な剣だが、ひとたび刃として振るうことが出来れば―――


「………たった一振りだけだが、最強の剣だ」


 万物を両断せしめる究極の一撃となる。槍を通過し、彼女にぶつかった剣は、彼女の肉体を傷つけることなく、彼女にぶつかった瞬間に薄氷のように砕け散った。


「まぁ、これで終わるわけがないんだが」


 反対の手に握りしめた陣術。それを今度は彼女に向けて打ち出す。

 しかし、歴戦の英雄と化したシグナトリーが相手だ。こんな見え見えの攻撃がまともに決まるはずがない。それに、俺の陣術の厄介さを彼女は良く知っている。


「―――閃ッ!」


 無詠唱魔法。詠唱を必要としない魔法の一つであり、シグナトリーの奥の手でもある。

 彼女がぎりぎりで振るった右腕。その爪の先から真っ赤な熱線がまるで剣のように出ているのが見える。


 そしてそれと同時に、俺の視界の隅に斬り飛ばされ、重力によって地面に落ちようとしている俺の腕も見えた。




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