第223話 深刻な深刻殺し

「御戯れを………私はあなたを殺します。それが私の目的であり、存在意義なのですッ!」


 急加速から繰り出されるただの突き。しかしカウンターを得意とする俺にとってそれは相性最悪の攻撃だ。

 攻撃を放つ前のカウンターだからこそ、既に攻撃が始まった状態での接近は俺にとって成す術はない――――と、思うよな。


「空雷」


「無駄ですッ! その程度で私の足は止まりませ――ぶっ!?」


 原理は簡単だ。如何に突きと言っても攻撃する際に槍を突き出さないと攻撃力は著しく低下する、どころか意味さえなくなる。しっかりと経験を積み、しっかりと努力を重ね、しっかりと俺を殺すために槍を突くのであれば、槍は当然腰だめに構えられている。

 まあ、攻撃と突進の間に境目がないからこそ俺にとっては天敵みたいな攻撃なんだが、それでも俺がそんな弱点をそのままにしていると思われていると思うと少しだけ心外だ。


「お前の移動なんか見えねえけど、お前が来るタイミングも、お前が来るルートも俺には見えてるんだぜ?」


 申し訳ないし、彼女の500年間を否定するわけじゃないんだけど、それでもこれだけは言える。


「俺の50年は、お前の500年よりも重い」


 俺の召喚した大盾に正面から全速力でぶつかったチョコチはその場で脳震盪を起こし、たたらを踏んでいた。


 空雷で視界を潰し、そのまま盾を取り出したに過ぎない。子供でも分かるような簡単な罠だが、それがチョコチには効く。

 彼女の真面目過ぎる性格、しっかりしすぎるところ、基本を守り、従い、追及し、王道を歩む彼女だからこそ、こういった邪道が最も効果を示す。


 そしてそれを可能にしているのは…………


「俺が無意味にお前らに殴られてたとでも思ってるのか? お前らの無意識の体の動き、癖、視線、その他の色んな情報を、俺はお前らが何も考えていない状況でも収集し続けてるんだ。こっちにいた50年間、糞してる時と寝てる時以外全部の時間を、俺は生き残るためにドブに捨てて来たんだ。悪いとは言わねえが、家族と呑気に領地運営してるお前と、生き残るために全てを搾り尽くした俺の50年を比べるんじゃねえ」


 彼女が脳震盪から回復するまであと数秒、その間にバカみたいな挑発をしながら構築した陣術を起動する。

 この陣術は少しだけ今までの物と趣向が違う。

 マッカランやキルキスに次ぐ面倒な奴の召喚をするための陣であり、可能であれば俺は一生使いたくはなかったものである。

 しかし、不意打ちとしては大成功だった今回の攻撃も次回からは間違いなく対処される。そうなったときに今の俺では全く歯が立たない。

 だからこそ、彼女が冷静ではないうちに準備を整えないといけないのだ。


「来やがれクソ野郎―――陣術・【叡智の書】」


 この陣術を、と言うか叡智の書を知っている仲間は相当限られている。

 まずはキャロン。そもそもこれはあいつとともに発見したものだから当たり前だ。つぎにマッカラン。マッカランと戦った際に俺は叡智の書無しでは恐らく勝てなかったと思う。次にキルキス。あいつと最後に本気バトルした時もこれに助けられた。

 そして最後に、ヘネシー。封印されていた茶室を解放する際に俺は支配人の合鍵と、この叡智の書を使った。


 書き出せば多く居そうな物だが、逆を言えばこれだけの仲間にしか存在を知られていないという事になる。俺のいたクランは20人を超えていた。それなのに知っているのはこれだけなんだ。あのミハイルでさえも俺は叡智の書を見せていない訳だしな。


『うっひゃぁぁぁぁぁああああーーーーーーッ!!!!!!!! ひっさしぶりのシャバの空気は旨えZEEEEEEEEEEEEEEE!!!!!!』


 理由その1。絶望的にうるせえ。


『ユゥリィルムてんめぇ! どうして500年も俺様のことを放置してやがったんだ!? あぁ!?』


 理由その2.壊滅的にうぜぇ。


「やかましいんだよ騒音兵器が。テメエのページでケツ拭くぞこら」


 理由その3。俺の名前を覚えねえ。


「とにかく説明は後だ。今はあいつを…………」


『俺様が呼ばれるってこたぁそう言うことなんだろうなぁ! 分かったぜ! 超絶怒涛にかっこよく俺様がぶっ飛ばしてやらあ!!!!』


 そして展開されたのは、“魔法陣”。俺の操る陣とは異なり、こいつは魔法陣を扱う。

 実はこの二つ同じように見えてかなり違う性質を持ってたりするんだが、まあそれは今どうでもいい。


『行くぜ行くぜ行くぜぇぇぇえ! 愛と情熱の親子丼エクスプロージョン嫉妬と狂気の焼肉丼ヴァイパス・フレア


 クソふざけた名前と共に放たれた紅蓮と滅紫色の炎がチョコチに襲い掛かる。

 かなり高位な英雄であろうとこの攻撃であれば相当なダメージになるはずなんだけど、チョコチはそん所そこらの高位の英雄なんざ相手にならねえ強さだからな。


 それに、こいつ攻撃アイテムじゃなく、補助アイテムだし。


「【収まりなさい】」


 その一言でチョコチの周りを渦巻いていた炎が瞬く間に鎮静化し、彼女の差し出した手のひらに球体のようになりながら収まった。


「時間をかけすぎましたね。この空間はもう私の“味方”です」


 チョコチの個性、俺の知っている中でも相手にしたくないランキング上位の個性である“浸食”。それが今この空間を満たした。

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