第221話 懐いたら裏切らないのなんか犬くらい

「召喚に答えなかったのもそれが理由か」


 フォアとの戦いの時、俺はチョコチを召喚しようとして失敗した。

 理由はすぐに分かった。というよりもわかっていた。

 これほどの才覚と実力、そして人望を持つ女が俺の一張羅を数か月間も探せないはずがないのだ。

 もし俺の元にそれが来ないとすれば、それはこいつが意図的に隠しているという事になる。


「ユーリ様は私の父親のような存在でした。私を育て、様々な素晴らしい物を見せてくださいました。心の底から尊敬しております…………ですからどうかこの場は御引きとり頂けないでしょうか」


「答えになってねえな。俺はそれが理由なのか? って聞いたんだ。帰る帰らないの話なんかしてねえよばーか」


 分が悪い。今のチョコチレベルだと、無意識の状態で放った斬撃でも、ぎりぎりで対処される可能性がある。

 だからどうにかこの戦いは回避したいんだけど……と言うか想像よりも早くチョコチが出てきたのがまず驚きだったな。


「あなた様であれば間違いなく星の記憶で様々なことを知ると思いました。ですので先手を、先手にして王手を打たせていただきました。私がここに来た時点で詰みです。今のあなたでは、私の相手は出来ません」


 あふれ出す加護が壁や地面の物質を侵食していくのが分かる。 

 この場にある全ての物がチョコチの味方に引き込まれていく、そんな感覚だ。


「相変わらず厄介な個性だよなお前。それと、最後だ…………質問に答えろよシグナトリー」


 だからと言って、俺も引くわけにはいかないんだけどね。

 逆境も絶望も不可能も理不尽もそんなもんは既に聞き飽きてんだ。

 だからこれは俺にとってこれは日常の糞下らねえ一幕でしかない。


「無視…ね。まあいいや。久しぶりに師匠の偉大さを叩き込んでやるから覚悟しろ糞弟子」


 気配での探知は可能だ。だったらあとは戦い方次第で何とかなるかもしれない。


 チョコチの踏み込みと同時にその足元に地雷を設置し、足元を吹き飛ばし、巻き上がった煙で姿を隠す。

 

「―――残念です」


「マジ?」


 ―――だというのに、チョコチは俺の背後に既に回っており、手に持った巨大な槍を俺に向かって突き出してきた。


「―――ってなるほど俺も初心者じゃねえんだわ」


 接近は気配でわかってた。


「空雷」


 空中地雷をチョコチの顔面で爆発させ、彼女の体勢を崩す。そして崩れた体勢によって生まれた隙を見逃すほど俺は余裕を持てない。


「―――ぐッ!?」


「銀遊糸戯―――」


「ですが、この程度ッ!!!」


「銀幽魔境」


 糸と、陣術の合わせ技。糸に結界の陣術を盛り込み、英雄でさえ抜け出すことができないように調整したものである。


「まあこれだけじゃ不安だからね。支柱結界」


 収納袋内に接続された生体魔具で取り寄せた倉庫。その中から取り出したミスリル製の槍が8本。それを糸で操作し、あの魔物を封印していた時ほどではないにしろ、それなりに強力な封印を施した。


「悪いけど、お前の行動パターンも思考パターンももうわかってるから俺には勝てないよ」


 それだけ言って、俺はエメラルド色に光る液体の中に浮かぶボロボロの布の切れ端に手を伸ばした。


「―――ッ!?」


 しかし、突然背後の気配が爆発的に巨大になり、そこから伸びた気配以下の何かを俺は避ける様にして身をかがめた。


「…………500年です。あなた様が消えて、500年もたってしまったのです」


「はは……こいつは予想外だわ……」


 そこに立っていたのはかつて俺達のパーティーについてこられず、いつも戦いに参加することができなかった中途半端な最高位の英雄ではなく、当時の仲間に匹敵するほどの莫大な加護と、そして一目でわかる“キレ”を兼ね備えた超一流の戦士だった。


「この500年、残された私達が一体どれだけの修羅場を潜り抜け、どれだけの別れを経験したとお思いですか。如何にユーリ様と言えど、私達の500年をあまり侮らないでくださいッ!!!」


 その移動はほぼ瞬間移動だった。

 会長やカリラのように時間を操作するわけでもなく、ただ純粋な身体能力での移動。しかし、だからこそ時間を止めたり操作するよりも体感的には“速い”んだ。


 速度の切り替わりに囚われることの無い一撃は、無駄な動作も思考も一切なく、俺のことを攻撃するためだけに突き進んでくる。


「はぁぁぁああッ!!!!!」

 

 シグナトリーの足元が爆発するよりも、彼女が俺の前に現れる方が圧倒的に早い。そんな異次元な速度を体感しつつも、俺は目の前に生体魔具で呼び寄せたアーティファクトを展開した。


「眠ってください……ユーリ様。世界のことはどうか忘れて、ゆっくりと…………」


 引き絞られた槍が、空間を湾曲させながら迫りくる。

 その前に取り出された身の丈を超える堅牢な盾などまるで存在しないかの如く、それを貫くことなど当たり前とでも言っているかの如く、その槍を繰り出した。


「―――やっぱ変わってないな」


 ついつい笑みがこぼれてしまう。

 あぁ、駄目だ。これはよくない。それなのに、俺はその笑みを堪えることができなかった。


 その瞬間、衝撃を全て跳ね返すと言われたアーティファクトが許容量を超え、紙屑のように貫かれた。

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