第218話 文句があるならお前がやれよって人生で一度は思うよね。

 あの情報屋にもらった情報にあった山神教の粛清について。それを脳内で想起しつつ、目の前の女に目を向けた。


「私達の両親は突然粛清を受けたんです……教えに背いたわけでもないですし、そもそも、私達の両親は山神教の教徒でさえなかったはずなのに……」


 最近急激に過激な行動を起こし始めている山神教。本来であれば俺もこんなところに近寄りたくなかったんだけど、それでも来ないとけない理由があった。

 大事な物を取り返しに来たわけなんだけど、まさか早速こんな面倒ごとに巻き込まれかけることになろうとは。


「そうなのね。まあ、頑張ってちょうだい」


 その女は俺がこれからその問題を解決するために協力してくれるとでも思っているのか、俺の発言を聞いた瞬間、目を真ん丸に変えた。


「―――え?」


「勘違いすんなよ。俺は善人じゃないし、進んで面倒なことに首を突っ込みたがる死にたがりでもないんだ。この大陸で有数の宗教団体とことを構えようなんざ欠片も思ってないわけよ。それに見てわかるでしょ? 俺マジで雑魚カスだから。ぶっちゃけあんたらより弱い自信がある」


 俺の目的はとある物の奪取。それさえできれば後のことは正直どうでもいい。この街に思い入れがある訳でもないし、頼まれたわけでも報酬がある訳でもないのにわざわざ面倒を受け入れてたまるか。

 俺はそんなに余裕で生きてないんだよ。そう言うのは主人公に任せとけっての。

 

 剣を仕舞い、馬車に戻ろうとする俺の背中に小さな石が投げ当てられた。

 痛いわけではない。ムカつくわけでもない。ただ、無感情に背後にいる犯人に視線を向ければ、そこにいたのは…………


「弱虫っ! お姉ちゃんが、お姉ちゃんがこんなにつらそうなのにどうして助けてくれないの! 男の人は戦わないとだめって、昔パパが言ってたんだからね!」


 今までただ守られているだけだったハズのガキンチョが俺に文句を言いながら、反対の手に持った石まで投げつけてきた。


 ぼすっと俺の胸にその石は当たって地面に落ちる。

 ああ、少しだけ汚れが付いちまった。


「リベットっ!!! あなたなんてことを……っ!! 謝りなさい!」


「謝るのはあいつだよお姉ちゃん! あいつ、お姉ちゃんがこんなに辛そうだってわかってるのに……それなのに…………」


 あぁ、むかつく。石をぶつけられたことでも、俺が何もしないと思って調子に乗っているガキのことでもなく、何もしないくせに、結果が出た後にそれに文句を言って来る弱者に腹が立つ。


「おい女、お前名前は?」


 再び剣を抜き放ち、クソガキ……リベットを必死の形相でたしなめる女に突きつけた。


「……ひっ…………」


 先ほどとは違い、俺の明確な殺気を感じ取ったのか、女は一瞬小さな悲鳴を上げた。


「…………タレットと………申します…………」


「そうか。んじゃタレット、そこのガキ殺せ。それかお前が死ね。じゃなきゃ両方殺す」


 即座にこの発言が本気だと悟ったたまきがさすがに声をあげた。


「先輩見損なったっすよ! ただ石をぶつけられただけでそんな事するなんて!」


 残念ながら俺はその声を無視し、たまきを抑える様にミルズに視線を向ければ、ミルズも意図を察してくれたのかたまきと俺の直線上に体を滑り込ませ、たまきが俺に掴みかかるのを阻止してくれた。


 一方リベットは俺の本気の殺気に、と言うか初めて体感するであろう殺気に腰を抜かし、その場で動けなくなってしまっていた。

 その視線は死にたくないという持ちが込められており、一瞬、姉であるタレットにちらりと揺らいだのが見えた。


「……わ、わかりました。であれば、どうぞ私を殺してください」


 素手で差し出された剣を握り、自身に向けさせたタレット。

 俺もさすがにここまでの即答を予想することはできなかった。


「いいかクソガキ。この女は命に代えてでもお前を守ろうとしてんだ。それなのにテメエはなんだ。力がねえからって、まだガキだからってお前は今何を考えた? 一瞬お前は死にたくない気持ちに飲み込まれて、ここまでお前を守ろうと全てを投げ出してる女に、自分の為に死んでくれって思っただろ? 俺はな、お前ら二人なんかより糞雑魚だし才能もねえけど、何もしねえまま、誰かに助けてもらおうとしたことなんざ一度もねえんだ。俺が正しいとかそういう事を言いてえんじゃねえ。ただな、何もしてねえくせに、結果が出た後にグダグダ騒ぐ糞野郎が俺は大っ嫌いなんだ。悔しいと思ったんなら、姉ちゃんがこんなボロボロになってるってのにただ守られてるだけの状況を受け入れてんじゃねえよ。雑魚だろうと、ごみクズだろうと無能だろうと、必死こいて足掻け。少なくとも、俺はそうしてきたぞ」


 剣を収め、血が流れる彼女の腕に回復薬をかけて、俺は馬車に乗り込んだ。

 何か言いたげなたまきの視線の面倒なので無視しつつ、今度こそ俺達は街の宿に到着したのだった。


 



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